探偵小説黄金期の作家としてのフリーマン

 ソーンダイク博士にしばしば付けられる形容辞は、「シャーロック・ホームズのライヴァル」というものだ。この点については、以前の記事でも書いたのだが、ソーンダイク博士の生みの親、リチャード・オースティン・フリーマンは、ホームズの生みの親、コナン・ドイルの同時代人というより、黄金期の作家に数えるほうがふさわしい。
 例えば、ソーンダイク博士のシリーズは、刊行年としては1907年から1942年にまたがるが、これを『スタイルズの怪事件』(1920)でデビューしたアガサ・クリスティと比較すると、生前刊行された長編全21作のうち、クリスティのデビュー以前に刊行されたものは4作だけであり、あとの17作は彼女と並行した活動期間に刊行されたものだ。
 「ホームズのライヴァル」というレッテルが生じた主な原因は、ホームズものが連載されていた「ストランド・マガジン」のライヴァル誌だった「ピアスンズ・マガジン」のオーナー、アーサー・ピアスンが『赤い拇指紋』に注目し、フリーマンに依頼してソーンダイク博士ものの短編を同誌に連載させたことにある。しかし、その連載期間も1927年までで、それ以降は、フリーマンはソーンダイクものの短編を書かなくなり、もっぱら長編のみで博士を活躍させている。
 その意味で、フリーマンを、アーサー・モリスン、バロネス・オルツィ、アーネスト・ブラマといった作家たちと並べて「ホームズのライヴァル」というレッテルで括るのは不当であり、実際の著作活動の内容や期間にもそぐわないだけでなく、同時代においても必ずしもそうは見なされていなかったことにも留意すべきだろう。『オシリスの眼』のあとがきでも触れたが、フリーマンは、クリスティ、セイヤーズ、クロフツ、ベイリーと並んで英国の推理作家の〝ビッグ・ファイヴ〟に数えられた。これはハワード・ヘイクラフトの『娯楽としての殺人』(1941)がソースであり(国書刊行会の邦訳143、174頁)、ヘイクラフトもまた、フリーマンを黄金期の作家の代表と見なしていたのだ。このため、上記あとがきでも、黄金期の作家の一人として扱い、「ホームズのライヴァル」のような印象を与えないように努めたつもりである。
 そう言うと、「ではなぜ、帯に『シャーロック・ホームズ最大のライヴァル』と謳っているのか」と問われそうだが、これはあくまで帯だからだ。私も最初にこの帯の案をお示しいただいた時、正直言えば、一瞬躊躇を感じないではなかった。しかし、よく考えてみていただきたい。コアな推理小説のファンであれば、「黄金期」と言われてもすぐピンとくるだろう。しかし、普段、推理小説にさほど親しんでいない一般の方々は「推理小説の黄金期」と言われても、どの時代を指すのかも分からない人がほとんどだ。実際、身近な人に聞いてみれば分かるが、ドイルやクリスティの名前くらいは知っていても、カー、クロフツ、ヴァン・ダインと言われても、聞いたことがないという人のほうがむしろ多い。そう思わない人は、おそらく推理小説のファン同士で固まってばかりいる人たちだろう。
 つまり、大多数の人にとっては、海外の推理小説と言えば、すなわち「ホームズ」であり、「黄金期のビッグ・ファイヴの一人」と言うより、「ホームズ最大のライヴァル」と言われたほうがイメージをつかみやすく、そのほうがアピールしやすい。帯の文句は、文字通り〝惹句〟、つまり、人の目を惹くためのキャッチ・コピーであり、その意味では、「ホームズ最大のライヴァル」というのは推理小説の惹句としてこれ以上のものはない(それに、上記で述べたとおり、決して事実に反しているわけでもない)。なので、私はむしろ版元さんの言葉の選択をいかにも思慮に富んだものとして多としたのである。違和感を抱かれたコアなファンの方もおられるかもしれないが、それはそれで理由があることもご理解いただきたい。
 いささか脱線したが、それはそれとして、やはりフリーマンは黄金期の作家として評価するほうがふさわしい。『オシリスの眼』では、登場人物たちは馬車に乗って移動し、照明器具にランタンを使っているが、『キャッツ・アイ』(1923)ではタクシーで移動しているし、ソーンダイクも懐中電灯を使っている。いかにもヴィクトリア朝風のイメージがあるのも初期作品だけで、のちの作品では、クリスティやクロフツの作品と比べても特に違和感はないのだ。
 特に、謎解きのプロットという点では、先に記事で紹介させていただいたストラングル成田氏の書評にもあるように、「フェアな手がかりと推理による正統的謎解き小説の確立者」としてのフリーマンは、むしろクイーンなどの黄金時代の作家の先駆者として評価すべきなのだ。それは『オシリスの眼』を読まれた方であれば、きっとご納得いただけるだろう。
 ただ、フリーマン自身はあまりに保守的で、都市開発や近代的な流行に対して批判的だった。『オシリスの眼』でも、バークリー医師とルース・ベリンガムの会話に、近代化していく街並みの様子を嘆き、古き良き時代に戻したほうがいいという趣旨のやりとりが出てくるが、こうした過去へのノスタルジアは他の作品にもしばしば見られ、『猿の肖像』でも、過ぎ去った時代を懐かしみつつ、芸術を含め、新たな時代の潮流に対する批判精神が色濃く表れている。さながらツヴァイクの『昨日の世界』を連想させるほどだ。
 それだけに、一方ではエックス線写真撮影のような(当時としては)新たな技術を採り入れることに積極的でありながら、文化や文明の見方については保守的で、それは恋愛描写などにも表れているし、全体の雰囲気も地味で古風になりがちなのだ。だが、そうした描写や雰囲気に惑わされることなく、探偵小説作家としてのフリーマンの位置づけを、プロットの特徴や実際の活動内容・期間に即して、もう一度見直してほしいと思うのである。
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『オシリスの眼』を読みました

アクティヴなソーンダイク博士のほうが好きな私ですが、面白かったです!
実は表紙の折り返しを見るまで渕上さんが訳者であることに気づきませんでした。私いったいこのサイトのどこを見ていたのでしょう。失礼しました。

本格推理小説の古典作品は現代の小説を読むより充実した読後感を得ることができるとあらためて思いました。
教訓があり詩があり上品で、その時代の雰囲気を味わいながらなおかつ謎解きも愉しめる。
作品が書かれた時代に想いを馳せながら読むことは勉強になります。横溝正史作品からは昭和初期について大いに学ばせていただきました(そうそう、『犬神家の一族』との類似点。ああ、ここだあと納得!本当に似ていました!)。

今回はエジプト史について勉強しました。クィーンもそうでしたが、ヴァン・ダインほどペダンティックではないところが救いです(笑)

〈訳者あとがき〉が大変興味深く、ありがたかったです。自分が現代のミステリ小説に食指が動かない理由が判ったように思います。

ジャーヴィスはこんな軽い人だったかしら、あらまあ素敵な恋物語、この指輪私も欲しいかも、などとあれこれ思いつつ、やっぱりお目当てのソーンダイク博士が出てくるともう何も見えなくなります(笑)

長編作品で序盤からいきなり登場というのは、博士のハンサムぶりがしっかり描写されている(by
ジャーヴィス)『赤い拇指紋』以外記憶になかったのでフェイントでした。
フレンチ・シリーズもそうでした。いつ出てくるのかな、もうそろそろかな、あ、やっぱりヤードに頼むのね、んじゃもうすぐね、とドキドキワクワクしながらページを繰る愉しみ!があったので。

指紋帖なるもの(こういうものがあったなんて本当にびっくりでした)を教えてくれた『赤い拇指紋』は私のソーンダイク博士に対する熱を一気に上げてもくれました。

ソーンダイク博士との初めての出逢いは創元推理文庫『世界短編傑作集』 の 「2」 に収録されている 『オスカー・ブロズキー事件』 でした。
フリーマンのこの短編には、他の作品にはない “現実的な手応え”がありました。地を足で行く緻密さが凝縮された作品でした。他の作家の作品と違って文章そのものに実に現実的な緊迫感があり、そのリアルさは群を抜いていたと記憶しています。
ミステリにおける登場人物に血を通わせる緻密な心理描写。
クロフツ作品、横溝作品に通じるなと思いました。人間が描けている推理小説として、です。

ソーンダイク博士がフレンチ警部と似ているということはないですが。二人のあいだには紳士であるということ以外、共通点はないと思います。まして金田一耕助とは。いえ、われらが金田一耕助も間違いなく紳士ですが。

こういう読み方ってちょっと違うでしょうか。すみません。でもソーンダイク博士ってカッコよすぎて(照)普通にしゃべっているだけでカッコイイ存在というのも稀でしょう。そんな彼が活動的になれば間違いなくヒーローです。『暗号ミステリ傑作選』(創元推理文庫) の 『文字合わせ錠』 なんてもう!

好き勝手なことを長々と失礼いたしました。
以上、ソーンダイク博士とジャーヴィスのあいだに割って入りたい葉月でした(^^)

追伸:ソーンダイク博士に久しぶりに逢えた嬉しさから、もっと博士に逢いたくて、今は『ソーンダイク博士の事件簿Ⅰ』(創元推理文庫)を読み返しているところです(^^)

私も最初にフリーマンの作品に接したのは二冊の『ソーンダイク博士の事件簿』です。粒揃いの作品をうまく選んであると思いますね。
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