フリーマンの墓碑

 『オシリスの眼』の中で、失踪したジョン・ベリンガムは、自分の死体が埋葬される場所に強いこだわりを示し、それを遺言書の中で厳格に指定する。それが作品のプロットの重要なポイントをなしているのだが、似たようなこだわりは英国人に限ったものではなく、人類共通の自然な心情に根差すものでもあるように思える。
 作中で、語り手のバークリー医師は、「くたばった」あとに自分の死体をどうこうしろと指定するのは馬鹿げたことだと吐き捨てるように発言するし、ソーンダイクもこれを受けて、自分の死体がどうなろうと気にしないと応じる。加えて、普段、死体と接することの多い医師がそうした心情に理解を示すのは難しいことにも触れている。自身、医師でもあったフリーマンの考え方も、実はそこに何程か反映されているのかもしれない。
 その一方で、ソーンダイクは、そうしたこだわりを示す「心情」に一定の理解も示している。保守的な気質の強かったフリーマンは、意外とそうした心情を自らも共有していたのかと思えなくもない。
 なぜそんなことに触れたのかというと、実はグレイヴズエンドにあるフリーマン自身の墓が、1943年の没後、長年、墓石はおろか、何の目印もないままに放置されていたからだ。その理由はよく分からない。フリーマンは家庭内では厳格な父親だったらしく、デヴィッド・イアン・チャップマンは、家族の判断が働いた可能性を示唆しているのだが、いくら煙たい父親でも、死後にそんな冷たい仕打ちをするものだろうか。もしかすると、目印を設けないのは本人の遺志だったのかもしれない。バークリー医師やソーンダイク博士の発言に見られるように、死後に自分の死体がどう扱われようとかまわないという思いがあったとすれば、それも不思議ではない気がするからだ。
 だが、モーツァルトに墓がないことを残念に思うファンがいるのと同様、そんな状態をほうっておけない人々もいるものだ。1979年に、英米の有志が資金を集め、フリーマンの墓に花崗岩製の墓碑が建てられた。グレイヴズエンドのウィリアム・G・ダイク市長夫妻をはじめ、約35人の参列者のもと、ささやかなセレモニーが行われ、その中には、ミステリ作家・批評家のH・R・F・キーティングも加わっていて、短いスピーチを行ったという。その際の写真もある。

            Gravestone
              右から三人目がキーティング
              ノーマン・ドナルドスン“In Search of Dr. Thorndyke”改訂版(1998)より


 墓碑には、

               RICHARD AUSTIN
                  FREEMAN
                  1862-1943
             PHYSICIAN AND AUTHOR
           ERECTED BY THE FRIENDS OF
               “DR. THORNDYKE”
                    1979

と刻まれている。フリーマン自身の遺志に即したものかどうかはともかく、ファンの一人としては、キーティングらの配慮に拍手を送りたい気持ちにもなるというものだ。
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