ネロ・ウルフの名前の由来

 レックス・スタウトが創造したネロ・ウルフ(Nero Wolfe)の名前の由来については、いろんな説明がなされている。
 『我が屍を乗り越えよ』や『黒い山』で明らかにされているように、シリーズの中では、ウルフはモンテネグロの出身とされ、故国に戻っての冒険譚すらあるわけだが、ウルフの名、ネロは、このモンテネグロ(Montenegro)に由来するという説明が一般的である。
 モンテネグロは「黒い山」という意味であり、国土の約六割が色濃い山林に覆われていることに由来するとされる。同国が第一次大戦で敗北するまで独立を維持し得たのも、天然の要害のような国土のおかげだったと言われている。
 “Three At Wolf’s Door”所収の中編‘The Rodeo Murder’(邦訳「ロデオ殺人事件」EQ98年7月号)では、ウルフ自身が、自分の名前ネロは山の名に由来すると語っているので、公式にはそれが正しい説明なのだろう。
 しかし、どうやら、それはシリーズが展開していく中で、あとから考えられた由来であり、もともとは全く違う発想に基づいていたようだ。
 手がかりは、ジュリアン・シモンズがコリンズ・クライム・クラブの記念復刊で選んだ“Even in the Best Families”に寄せた序文にある。それによれば、スタウト自身が時折書いているものを参照すると、ウルフの名前はスタウト自身の名前をもとに作られたようだ。
 ‘Rex’は国王を意味し、‘Nero’は皇帝の一人(ローマ帝国の第五代皇帝ネロ)、‘Stout’は雄牛向きの名であり(‘stout’は「頑丈な」とか「恰幅がいい」という意味がある)、‘Wolfe’は狼(wolf)向きの名だというのだ。要するに、自分の名をもじったわけ。(スタウトのミドルネーム、Todhunterが「狐を狩る者」の意であることから、ウルフという名を思いついたのでは、という意見の人もいるようだ。)
 『我が屍を乗り越えよ』ではじめて、ウルフがモンテネグロ出身だと明らかになるのだが、これも、他の作家がモンテネグロ人はひどく怠け者だと語っていたことから思いついたアイデアだという。
 シモンズはそれ以上踏み込んでいないが、ウルフが肥満体でビール好きなのは、‘stout’が太っていることを意味する形容詞でもあり、黒ビールを意味する名詞でもあることに由来するのではないだろうか。
 美食や蘭を好むのは、スタウト自身の趣味だったようだし、どうやらウルフの個性は、作者スタウトの名前や趣味をもとに造形されたらしいことがうかがえるが、なにやら遊び心を感じる半面、なんと安易な発想なのかと拍子抜けしてしまう。
 シモンズも、スタウトは煙に巻いている面があると言及しているが、実はほかにもまるで違う説明をしているソースもある。それは、エラリー・クイーンの『クイーン談話室』(邦訳は国書刊行会)収録の‘The Great O-E Theory’(「偉大なるOE理論」(前掲書所収)、「偉大なるo-eセオリー」(EQ79年11月号所収))。
 クイーンがスタウトに直接質問したところ、スタウトは、なんと、ネロ・ウルフの名はシャーロック・ホームズの名にちなんだものだと答えたというのである。クイーンは、そこからあれこれ思弁をめぐらし、ポーにまで遡る「OE理論」なるものを展開して一つのエッセイにまでまとめ上げているのだが、それはともかくとして、ここまでくると、真偽のほどは測りようもない。
 ホームズといえば、『西35丁目のネロ・ウルフ』の著者でもあるベアリング=グールドは、『シャーロック・ホームズ ガス燈に浮かぶその生涯』の中で、ウルフはホームズとアイリーン・アドラーとの間に生まれた私生児ではないかという説を提唱しているが、これもスタウトは特に否定しなかったとされる。
 おそらくは、シモンズが説明しているように、当初は単純な発想から造形された探偵だったのだろうが、シリーズが展開していくにつれて、次第に具体的な肉付けがなされ、さらには、まことしやかな「神話」まで作り上げられてしまうところが面白い。
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