フィリップ・マクドナルド “Murder Gone Mad”

 “Murder Gone Mad”(1931)では、ゲスリン大佐は登場しないが、シリーズのレギュラー・メンバーであるアーノルド・パイク警視が主役を務めている。ルーカス副総監も登場し、二人の会話にゲスリン大佐の名前も出てくるなど、ゲスリン大佐シリーズの番外編的な位置づけにある作品といえる。

 ホルムデイルという町の鉄道で、ライオネル・コルビーという11歳の少年がナイフで腹を切り裂かれて殺されているのが見つかり、それまで平穏だった小さな町を恐怖に陥れる。
 翌日、ホルムデイル株式会社の社長、モンタギュー・フラッシング卿のもとに、光沢性の黒インクを使って斜体字体で表書きされた、黄色いリンネル紙の見慣れない封筒が届く。開封すると、中には、「ザ・ブッチャー」と名乗る人物からの犯行声明を暗示する紙片が入っていた。同じ手紙が警察と「ホルムデイル・クラリオン」紙の編集者にも届く。
 さらに二人の女性が次々と同じ手法で犠牲となり、同様の犯行声明が届けられるに及んで、事件は連続殺人の様相を帯び始め、ロンドン警視庁のルーカス副総監はパイク警視の派遣を決める・・・。

 第8章では、パイク警視がスコットランド・ヤードに送った報告書が紹介され、各犯行を比較する図を用いて事件の特徴を分析したり、第16章でも、同じく比較表を用いた、ルーカス副総監宛ての覚え書きが出てくるなど、マクドナルドらしいいつもの趣向も顔を出す。
 しかし、思わせぶりな趣向とは裏腹に、蓋を開けてみれば、謎解きの要素はほとんど無に等しく、本格ファンを喜ばせるようなプロット上の仕掛けも特にない。要するに、無差別連続殺人を中心に据えたスリラーなのである。(ゲスリンを登場させずにパイクを主役に据えたのも、そうした作品の性格を考えてのことではないだろうか。)にもかかわらず、本作は我が国の本格ファンから長らく紹介を待望されてきた経緯がある。その主な理由は、ジョン・ディクスン・カーが『地上最高のゲーム』の中で本作をベスト・テンの一つに選んでいるからだ。
 カーのようなガチガチの謎解き本格派の雄が、『ナイルに死す』や『黄色い部屋の謎』などと並んで推すからには、さぞや優れた謎解き物ではないかと思うのは自然な推測で、まして、その作家が、『鑢(やすり)』のような謎解き物の古典や『ライノクス殺人事件』のような凝った仕掛けの作品を書くフィリップ・マクドナルドときては、ますますそうした期待を抱いてしまうのは無理からぬものがある。
 しかし、カーが本作を推しているのは、『地上最高のゲーム』の本文を読んでも、連続殺人鬼と警察との対決というスリリングな展開にあるのであって、謎解きの独創性にあるのでないのは明らかだ。トマス・ハリスなどのサイコ・スリラーに慣れてしまった今日の読者の感覚からすれば、この手の連続殺人物はもはや珍しくもなんともないのだが、本作や『地上最高のゲーム』が書かれた頃は、ベロック・ローンズの『下宿人』のような先駆的作品は幾つかあったものの、これだけの無差別連続殺人を描いたスリラー作品はまだ目新しかったといえる。
 いわば、作品を見る視点に時代の隔たりがあることを考慮に入れなければならないのだが、言い方を変えれば、こうした作品は既に陳腐化してしまったともいえる。カーが17年後に考えを変えて、『鑢(やすり)』のほうをベストテンに入れようとしたのも、時の推移に伴う同様の見方の変化が生じたからではないだろうか。以前書いたことの繰り返しになるが、同様に連続殺人を扱っていても、謎解きという点では“X v. Rex”のほうがずっと面白い。
 個人的な余談ではあるが、十数年ぶりに読み返してみて、埋め草的なサブプロットが少なく、歯切れのいい展開のおかげで、他の作品と比べてもずっと読みやすいと感じた。やはりこの作家は、自分の性に合わない謎解き物を無理して書く時よりも、こうしたスリラー作品を書く時のほうがはるかにスムーズに書けたのではないかと思う。
スポンサーサイト

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

S・フチガミ

Author:S・フチガミ
お問い合わせ等は
fuhchin6491
(アットマーク)
hotmail.co.jp
へどうぞ

カテゴリ
フリーエリア
天気予報
リンク
検索フォーム
アクセスカウンター
RSSリンクの表示