ロス・マクドナルド『ドルの向こう側』の幻の結末

 ロス・マクドナルドは、ハードボイルド作家に分類されるのが常だが、緻密で複雑なプロットを備えた作品が多く、時には見事なサプライズ・エンディングも演出してみせることから、謎解き物として読んでも観賞に耐えるものが少なくない。『ウィチャリー家の女』や『さむけ』などがしばしば本格ファンのお気に入りに挙げられるのもそのためである。
 「溺死」、「よそ者」、「怒れる男」という、新たに発掘されたリュウ・アーチャー物の未発表短編がトム・ノーラン編 “Strangers in Town”(2001:クリッペン&ランドリュ社)に収録され、我が国でもミステリマガジン2001年10月号に翻訳が掲載された。
 これらの短編は、その後、同じくクリッペン&ランドリュ社から出た、アーチャー物の全短編を収録した“The Archer Files”(2007)にも収録されており、この本には、新たに、1950年代初めから60年代半ばにかけて書かれたアーチャー物の短編や長編の未完の断片が11編含まれている。
 興味深いのは、その400部限定版に付録として加えられた“We Went On From There”というパンフレット。これは、本来、『ドルの向こう側』の第29章、つまりエンディングの章として構想されたものであるが、マクドナルド自身が最終稿には含めないと判断して、タイプ原稿のまま残された草稿である。
 見開き2頁の短い章にすぎないが、そこには、アーチャーと登場人物の一人がレストランで夕食をとりながら、事件を回顧する場面が描かれている。二人の会話から、簡潔ながらも、事件関係者達の心理や行動が解説され、今後の展望も示唆されて締めくくるという当初の構想が見えてくる。
 謎解き物であれば、事件解決後に、探偵が聞き役を相手にそうした講釈を行い、事件の背景をより明確にするのはよく使われる手法といえるし、謎解きに関心を持つ読者にとっては、そうした解説をしてもらうのはありがたくもあれば、興味津々の場面でもあるはずだ。
 ところが、マクドナルドは、むしろそうした解説を蛇足と判断し、現行版のエンディングをもってよしとしたことが分かる。事後に解説を加えることで腹に落ちるような締めくくりを付けるより、敢えて唐突な場面で切り上げ、読者に余韻を残すようなエンディングのままにするほうが優れていると判断したのだろう。
 関係者がその後どうなるのかといった予断を読者に与えてしまえば、分かりやすくはあるが、個々の登場人物も彼らの人間関係もむしろ平板化してしまう。それよりは、その後の展望を開かれたままにして読者の想像に委ね、事件が終結を迎え、真相が明らかになった生々しい場面から、読者が再びそれまでの叙述を振り返って考えさせるように仕向けているともいえる。
 謎解きとして読んでも確かに楽しいのだが、ロス・マクドナルドは、単に込み入ったプロットや謎解きのアイデアを得意とした推理作家ではなく、複雑に絡み合う家族関係や人間模様を重厚な雰囲気の中から描きだすことに長けていた作家だった。作品の構想過程から、マクドナルドの持つそうした独特の魅力を改めて実感することのできる貴重な資料ではないかと思う。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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