不可能犯罪の傑作?愚作? ウィンズロウ&カーク “Into Thin Air”

 ここのところメジャーな作家ばかり取り上げてきたので、「お口直し」と言うのも変だが、今度はがらりと視点を切り替えて、筋金入りのマニアが珍重する幻の作品でありながら、大多数の人は名前も知らないマイナー物を取り上げてみる。
 ホレイショ・ウィンズロウとレスリー・カークの“Into Thin Air”(1929)は、不可能犯罪物のファンから近年にわかに注目されるようになった作品だ。そのきっかけは、ロバート・エイディの“Locked Room Murders and Other Impossible Crimes”(1991)の中で称賛されたことにある。同書巻末の解決要約の部分でも、「まさに黄金時代の娯楽。盛りだくさんの不可能状況、非凡な登場人物、クロッツ博士という優れた探偵、素晴らしい解決、見事な大団円」と手放しの誉めちぎりようだ。エイディはローズマリー・ハーバート編“The Oxford Companion to Crime and Mystery Writing”でも‘Impossible Crime’の項目を担当しているが、そこでも、いわゆる消失物の「最も満足できる作品」と最高級の評価を与えている。不可能犯罪物の批評にかけては大家のように見なされているエイディのこと。さて、どれほどすごい作品なのかと思うのだが・・・。

 怪盗「セーレム・スプーク」は、壁を通り抜けたり、空を飛んだりしたかのような超自然的としか思えない仕方で犯行現場から姿を消し、警察当局の追跡から逃れ続けていた。いったん捕らえられても、見事に脱獄を果たした「セーレム・スプーク」だったが、列車事故に巻き込まれて無残な最後を遂げる。死体は指紋の照合により彼のものと確認され、墓地に埋葬されて、その伝説にも幕が下ろされたかに見えた。
 その二日後、オールデン・ノリンズ教授(語り手)は、恋人のデイ・キャロルの父の家で、自動車レース興行主のリチャード・アダムス、新聞記者のアン・クレム、犯罪捜査の大家であるクロッツ博士らを招き、かつて「グランド・ガレオト」として名の知られた魔術師アーネスト・フィトキンに降霊術をやらせて、クロッツ博士にその謎解きをさせる場を設けた。
 クロッツ博士は、フィトキンを試すため、密封した小包の中から取り出した蝶番式の石板に手を触れずに文字を書かせることとした。なにも書かれていないことを確認させるためにフィトキンに石板を手渡し、開かせると、そこには既に「クロッツ博士へ。あなたの部屋で待っている。セーレム・スプーク」とクレヨンで書かれていた。予期せぬ事態に驚くクロッツに家政婦から電話がかかり、赤い羽根の付いた帽子をかぶった青年が博士の家に押し入って来たという連絡がはいる。
 一行がクロッツの家に駆けつけると、家政婦はその青年が家に入ったまま消えてしまったと言う。調べてみると、博士の所有するカメオのコレクションが盗まれていることが分かる。手鏡に侵入者の指紋が残っているのを見つけた博士は、すぐさま検出を試みるが、それは紛れもなく、死んで埋葬されているはずの「セーレム・スプーク」の指紋だった・・・。

 クロッツ博士の家に再び侵入した謎の「霊体」の目撃証言をはじめ、奇想天外な不可能状況が次々と出てくるのだが、結論から言えば、ひどい愚作としか思えなかった。クロッツ博士も、エイディが称賛するような名探偵であるどころか、あまりのあっけなさに拍子抜けしてしまう。マジックの種明かしが出てくる個所などからすると、おそらく著者はマジックの知識に詳しいと思われるが、小道具の使用や組み合わせといったマジックの手法をそのまま推理小説に持ち込んでも印象的なプロットにはなりにくい。
 特にひどいと思ったのはフーダニットの設定で、ある作家が用いた手法を下手くそに真似た代物にすぎない。エイディの評価とは対照的に、“A Catalogue of Crime”のバーザンとテイラーは、「全くとるに足りない本」という素っ気ない評でにべもなく斬って捨てているが、個人的にはこちらの評価にほぼ同感である。(どうやら「お口直し」にならなかったようだ・・・。)
 とはいえ、それまでほとんど誰も注目しなかったのに、エイディが特筆したことがきっかけで注目され、紹介されるに至った作家や作品は少なくない。ジョエル・タウンズリー・ロジャーズの『赤い右手』、ノーマン・ベロウの『魔王の足跡』、アントニー・レジューンの『ミスター・ディアボロ』、ルパート・ペニーの『警官の証言』などもそうだ。
 『赤い右手』についても、バーザンとテイラーは極めて否定的な評価を下していて、その評もこれまた個人的にはほぼ同感なのだが、その一方で、ドナルド・E・ウェストレイクのように同書をベスト・テンの一つに選んでいる著名作家もいる(ケイト・スタイン編“The Armchair Detective: Book of Lists”)。そんなことを考えると、当たり前のことではあるけれど、やはり人の見方は千差万別としか言いようがない。
 我が国では密室はじめ不可能犯罪物が特に人気が高いようだし、四の五の言うより、まずは紹介されてみれば、この“Into Thin Air”にしても、エイディによる高い評価を支持する人が案外たくさんいるのではないだろうか。


Into Thin Air
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