『時の娘』再考 バッキンガム公犯人説

 ポール・マーレイ・ケンダルによる説。
 ケンダルは、1933年に行われた二王子のものと推定される遺骨の調査結果に基づき、二王子が1483年に死亡したことは確実と考え(この遺骨の問題については別に御紹介したいと思います)、リチャードの治世下で彼以外の人物により二王子が殺害された可能性もあることを示唆し、その最有力容疑者としてバッキンガム公ヘンリー・スタッフォードの名を挙げます。
 バッキンガムが二王子殺害に関与していた可能性は、比較的近い時代の資料も言及しており、例えば、フランスの歴史家モリネは、「エドワード四世の子供達が殺害された日、バッキンガム公がロンドン塔を訪れ、自分自身が王座を戴くために子供達を殺したという、誤った噂があった」と言及しており、同じくフランスのド・コミンは、回想録のある個所では、リチャードが二王子を殺害したと言及しながら、別の個所では、バッキンガム公が「二人の子供を死に至らしめた」と述べています。
 ケンダルは、同時代の記録から、リチャードが巡幸でオックスフォードを訪問していた7月24―25日に、バッキンガムがリチャードに同道していないことに注目します。そこからケンダルは、バッキンガムは、リチャードがロンドンを出発した後の数日間、ロンドンに残っており、後にグロースターでリチャードと合流した、と推定しています。
 バッキンガムはそこからリチャードと別れてウェールズに向かい、そこで反乱を起こします。ジョン・モートンもこの反乱に加わっており、バッキンガムは、フランスに潜伏していたヘンリー・チューダーにも決起を呼びかけています。
 チューダー朝時代の資料は、バッキンガムの反乱の動機として、リチャードと土地を巡る諍いがあったことや、ヘンリー・チューダーの王位継承権を支持したことを挙げていますが、今日では、真の動機は、ヨーク家を倒して自分自身が王座に就くことにあったという説が有力です。
 バッキンガムは、エドワード三世の五男トマス・オブ・ウッドストックの直系の子孫に当たります。長男エドワード黒太子の家系はリチャード二世で絶え、三男ジョン・オブ・ゴーントの子孫がランカスター家であり、その正嫡の子孫はヘンリー六世と皇太子エドワードの死をもって絶えています(ヘンリー七世は庶子の子孫)。エドワード四世、リチャード三世などのヨーク家は、次男ライオネルと四男エドマンドの共通の子孫に当たります。従って、バッキンガムは、ヨーク家に次ぐ王位継承権を有することになります。
 バッキンガムには、二王子を殺害する強力な動機がありました。リチャードは、自身が王位に就くために、王子達を殺す必要はなかったし、また、殺したりすれば自分自身に怨嗟が集まることを覚悟しなければならなかったはずです。しかし、バッキンガムにとって、二王子は王位継承権の強力なライバルであり、王位を狙う上での大きな障害物でした。また、二王子を殺害して、その罪をリチャードに被せ、ウッドヴィル派を反乱側の味方に付ければ、まさに一石二鳥と考えられるわけです。
 さらに機会という点でも、バッキンガムは、英軍総司令官として国王に次ぐ強大な権限を有しており、リチャードが巡幸に出発した後、国王の不在中にロンドン塔に入り、二王子を亡き者にすることは容易だったと考えられます(エドワード王子の住居としてロンドン塔を提案したのもバッキンガムだった)。
 『クロイランド年代記』によれば、二王子殺害の噂が流れたのは、ちょうどバッキンガムの反乱が起きた時期とされています。ケンダルは、反リチャード感情を煽って反乱への支持を得るため、二王子殺害の情報をエリザベス・ウッドヴィルとヘンリー・チューダーの母親マーガレット・ボーフォールに伝えたのは、バッキンガムだったとしています。
 二王子の死という既成事実を押し付けられたリチャードにしてみれば、二王子が自身の保護下にあり、また、自身も二王子の死の受益者と受け取られることを考えれば、仮にバッキンガムが犯人と発表しても信じてもらえる可能性は少なく、いずれにしても二王子の死の責任を問われ、政権の不安定要因となることは確実であったため、事実を秘匿せざるを得なかったろうとケンダルは考えます。
 バッキンガムの反乱は結局失敗に終わり、モートンは大陸に逃げ、ヘンリー・チューダーは大陸に引き返し、バッキンガムは捕えられます。バッキンガムはその際、反乱の全容を告白し、リチャードへの面会を懇願しますが許されず、ソールスベリーで処刑されます。ケンダルは、バッキンガムがリチャードへの面会を懇願したのは、二王子殺害の真相を直に告白し、なおリチャードの慈悲にすがろうとしたためではないかと推測しています。
 バッキンガムが犯人で、ヘンリー・チューダーが共謀者として真相を知っていたとすれば、なぜエリザベス・ウッドヴィルがリチャードと良好な関係を維持し、子息のドーセットに対し、ヘンリー・チューダーへの支持を捨てて帰国するよう促したのか、なぜヘンリーが、権力掌握後、敢えて二王子殺害の真相を追究しようとしなかったのか、といったその後の歴史の謎も説明が容易になります。
 アリスン・ウィアは、当時ロンドン塔の長官だったブラッケンベリーの許可なしには、バッキンガムといえども二王子にアクセスすることはできなかったはずだと反論していますが、フィールズは、英軍総司令官の権威を前にブラッケンベリーが面会を拒否できるとは考えにくく、ウィアの主張には根拠がないと論じています。
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