フィリップ・マクドナルド “The Choice”

 “The Choice”(1931)は、アントニイ・ゲスリン大佐物の第7作。
 英米両版を含めて、“The Polferry Riddle”、“The Polferry Mystery”という異なるタイトルがある。
 ロバート・エイディが“Locked Room Murders”で取り上げているように、本作は密室物の一つと見なされている。マクドナルドの密室物といえば、ほかに『フライアーズ・パードン館の謎』(1931:邦訳は原書房刊)や“The Crime Conductor”(1931)も同年に書かれていて、この頃、作者は不可能犯罪のトリック創出に関心を示していたようにも思われる。

 ウェセックス州ポルフェリーにある「ウォッチ・ハウス」は、海に面した断崖の上に建つ邸宅であり、癌研究者のリチャード・ヘイル=ストーフォード博士が妻イヴと一月前から住んでいた。夫妻は半年前に結婚したばかりだった。
 九月のある日、「ウォッチ・ハウス」には、博士夫妻のほか、イヴの妹ミリアム・ロシター、博士のいとこジョージ・アンストルーサー、イヴの友人スーザン・カー、家政婦のドロシー・グレイ夫人が滞在していた。そこへ、たまたま眼下の浜辺にボートを乗り上げた博士の旧友バナー大佐と雇い人のラルフ・トレンチャードが博士に招かれて加わった。
 博士、バナー大佐、トレンチャードの三人は、イヴやほかの客たちがみな就寝のため部屋に引き取ったあとも、書斎でずっと話し込んでいたが、ふとイヴの部屋が水漏れを起こしているらしいことに気づく。三人が部屋に入ると、イヴは喉をカミソリのようなもので切り裂かれて死んでいた。
 凶器と思われるものは部屋に見当たらず、明らかに殺人と思われたが、その時、「ウォッチ・ハウス」はすべて戸締りがなされ、番犬も二匹いたことから、外部からの侵入者による犯行の可能性は考えられなかった。書斎から一歩も出なかったヘイル=ストーフォード博士、バナー大佐、トレンチャードの三人にはアリバイがあり、容疑者は、ミリアム、アンストルーサー、スーザン、グレイ夫人の四人に絞られたが、いずれもイヴを殺す動機があるとは思えなかった。
 その二か月後の十一月、ミリアムが交通事故で死亡し、翌年四月には、アンストルーサーがボート事故で溺死を遂げる。さらに、スーザン・カーも、交通事故や乗馬事故で危うく難を逃れるという事件が続く。
 最初に事件が起きた時はルーカス副総監の要請を断って家族でスイス旅行に赴いたゲスリン大佐だったが、滞在先の新聞でその後の事件を知り、不審を抱きはじめる・・・。

 この“The Choice”は、ゲスリン大佐物の中でも最も毀誉褒貶の激しい作品であり、これほど評価が極端に分かれる作品もほかにないと思われる。
 例えば、“A Catalogue of Crime”のバーザンとテイラーは、「明らかにゲスリン物の最悪作品の一つ」と評し、邦訳『鑢』であとがきを書いている小林晋氏も「完全な失敗作」としている。
 ところが、その一方で、“The Encyclopedia of Murder and Mystery”のブルース・F・マーフィーは、「実に巧妙で、驚愕の結末によってすべてが人を惑わす燻製のニシンだったように見えてしまう」と高い評価を与え、“The Oxford Companion to Crime and Mystery Writing”でマクドナルドの項目を執筆しているマーティン・エドワーズも、「黄金時代の標準に照らしても巧妙かつ非凡なプロット」と称賛している。
 この極端な評価の違いは何に由来するのだろうか。それぞれの評者の見方を勝手に忖度するわけにはいかないが、読んでみれば、ある程度は見当がつく。
 まず、この作品を密室のトリックという視点で評価するとどうなるか。イヴ夫人の死に関するトリックだけを取り上げて評すれば、大抵の読者が「馬鹿にするな」と言いそうな、あっけにとられる代物と言わざるを得ない。我が国には密室やアリバイなどの不可能犯罪のトリックを重視する読者層が比較的厚いと思われるので、もしこの作品が紹介されれば、まずはそうした評価で一刀両断にされそうだ。
 だが、上記の評者たちは必ずしもそんなトリック重視の視点で捉えているわけではなく、作品のプロットを総体的に見ての評価を提示しているように思える。問題は、そのあっけにとられるトリックとともにイヴ夫人の死の真相が明らかになった時、それまでの事件の推移を遡及的に振り返ってみて、これをどう捉えるかにかかっている。
 人によっては、その真相の開示によって、事件の推移全体もあまりに間の抜けた、馬鹿馬鹿しいものに思えてしまうだろうし、全く逆に、その因果関係に恐ろしいまでの悲劇と運命の皮肉を看取する人もいると思うからだ。そのどちらに傾くかで、この作品への評価は真っ二つに分かれるのではないかと思う。その意味では、この作品はゲスリン大佐物の中でもちょっとした問題作と言えるかもしれない。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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