フィリップ・マクドナルド “The Crime Conductor”

 フィリップ・マクドナルドの“The Crime Conductor”(1931)は、アントニイ・ゲスリン大佐物の第8作目。
 タイトルは「犯罪を招き寄せる者」の意で、ホイレイク医師との会話の中で、疫病神が憑いているように犯罪に巻き込まれるとゲスリンが話すのを受けて、医師がゲスリンのことをそう呼ぶところから来ている。

 ゲスリン大佐が、妻ルーシアのいとこ、トラヴァース・ホイレイク医師の家を訪れていた晩、警察官がやってきて、近くの邸で入浴中に溺死した者がいるので、医師に来てほしいと告げる。ホイレイク医師はただの事故とみて、ゲスリンを残して一人で現場に赴くが、不審を抱いた医師は家に戻り、ゲスリンにも来てほしいと頼む。
 被害者は演劇界の大事業主として知られるウィリントン・シグスビー。シグスビーはその夜、俳優や同業の事業主などをゲストに招いて自邸でパーティーを開いていたところだった。浴室は密室状態、死因は溺死で、右のこめかみに打撲傷があったことから、バスタブで足を滑らせ、頭を蛇口にぶつけて意識を失い、そのまま湯の中で溺死したように見えた。
 しかし、ゲスリンは、蝋でドアに細工した跡があることや、タオルやスリッパ、バスマットや石鹸などの用意もなく、脱衣して椅子に置かれたと思われる衣服の順序も不自然なことなどから、事故に偽装した殺人と見破る・・・。

 例によって、この作家らしい構成の趣向が際立つ作品で、全体を三部に分け、第一部は‘Elemental’として事件の背景や発端の描写、第二部は‘Documental’としてゲスリンがスイスに滞在中の妻ルーシアに宛てた手紙を通じての捜査状況の説明、第三部は‘Quod Erat Demonstrandum(証明終わり)’として大団円と謎解きを描くという全体構成をとっている。
 特に第二部が凝っていて、手紙の中で関係者を劇の登場人物のように紹介したり、自分の問いに対するパイク警視の調査回答を項目仕立てにしたり、自分が見聞きしたわけでもない関係者のやりとりを想像で劇の脚本風に再構成したりと、手の込んだ趣向を取り入れている。ところが、形式が凝っている割に内容は貧弱で、わざわざそんな形式を用いる必然性に乏しく、単に趣向のアイデアを形にしてみただけという感が強い。
 全体として見ると、この作家に時折見られるやっつけ仕事の典型で、明らかに頁数を稼ぐための埋め草的な描写や締まりのない会話のやりとりが目立つなど、いかにも消耗品的に書かれた作品という印象がある。ゲスリン物の中では最悪の部類に入る作品ではないだろうか。これに比べれば、悪評の高い前作“The Choice”のほうがよほどましと思えるほどだ。
 なお、本作はロバート・エイディの“Locked Room Murders”で密室物として取り上げられているが、密室の謎自体は極めてありきたりで特に見るべきものはないし、すぐに種明かしされて、作者自身も重きを置いているようには思えない。
 人気俳優のラーズ・クリスタニア、謎めいた秘書のエドワード・ヴィッカーズなどの登場人物たちも、上っ面だけの描写で深みがなく、魅力に乏しい。結局のところ、思いつき的な趣向のアイデア以外には何の取り柄もない駄作で、お勧めできる点がほとんどないのが残念。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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お初です。

これだけの作品を批評出来るとなると、よほど読み込まれたんでしょうね^^

くどくなく、シンプルだけど本質を捉えている評価だと思います。辛口なのにその作品を読んでみようと思わせるのは、管理人様の為せる技でしょうか(笑)

面白いブログを見させていただきました。勝手ながらリンクに追加させていただきましたので、ちょくちょく覗きに行きます!

タカさま
コメントありがとうございます。
ブログを始められたのも私とほぼ同時期ですね。なのに、私のよりずっと立体的で見事なつくり・・・。自分の勉強不足を痛感してしまいます。またこっそり技を学びに伺いますのでご容赦くださいm(_ _)m
本当は推せない作品の紹介はアップしない方針だったのですが、未訳のゲスリン大佐物は、今後“Rope to Spare”、“Death on My Left”と、全て紹介を予定しているので、これだけ省くわけにいかなかったんですよね。
そうは言っても人の見方は様々、この作品を高く評価する人もいるはずだし、自分なりに長所も拾って書いたつもりです。少しでも黄金時代の埋もれた作品が注目されるきっかけになればと思っています。
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