レックス・スタウトの評価とベスト長編は?

 クイーンの評価傾向を調べたとなると、もう一方のアメリカ探偵小説の雄、レックス・スタウトについても調べてみたくなる。日本での人気はクイーンに遠く及ばないが、北米ではむしろ逆で、書棚に並ぶペーパーバックもスタウトのほうがずっと品揃えがよかったのを憶えている。(クイーンを置いてない書店も珍しくなかった。)
 かつては人気を誇ったアール・スタンリー・ガードナーも今ではすっかり下火となってしまったが、スタウトの人気は堅調で、それは、バンタム社から刊行されているペーパーバックに、キラ星の如き作家や批評家たちが序文を寄せていることからもうかがえる。

 それでは、まず本国アメリカの批評家から。
 マーヴィン・ラッチマン(“A Reader’s Guide to The American Novel of Detection”)は、「傑作推理小説100選」において、クイーンと並ぶ9作品を選んでいる。すなわち、『毒蛇』(1934)、『ラバー・バンド』(1936)、『料理長が多すぎる』(1938)、『シーザーの埋葬』(1939)、“The Silent Speaker”(1946)、“In The Best Families”(1950)、『黒い山』(1954)、『ネロ・ウルフ対FBI』(1965)、『ネロ・ウルフ最後の事件』(1975)だ。
 興味深いのは、クイーンの作品選定では初期から中期の作品に偏っていたのに対し、スタウトでは、脂の乗った初期の代表作から、アーノルド・ゼック三部作のクライマックス“In The Best Families”やウルフの個人史に関わる異色作『黒い山』を経て、後期の人気作『ネロ・ウルフ対FBI』や遺作『ネロ・ウルフ最後の事件』に至るまで、満遍なく節目の作品を選んでいること。作品のバラエティの広さとシリーズ展開の面白さを縮図的に表したような選択が見事だ。
 ラッチマンは、ビル・プロンジーニ&マーシャ・マラー編“1001 Midnights”でもスタウトの項目を担当していて、『毒蛇』、『料理長が多すぎる』、『シーザーの埋葬』、『Xと呼ばれる男』(1949)、『黒い山』を取り上げ、いずれもアスタリスク一つを付している。『料理長が多すぎる』を「ネロ・ウルフ物のベスト長編リストに一番頻繁に登場する」とし、『シーザーの埋葬』を「最高のウルフ物長編としてよく挙げられるもう一つの作品」としている。
 アート・ブアゴウ(“The Mystery Lover’s Companion”)が短剣5本(真の古典)を与えているのは、『毒蛇』、『腰ぬけ連盟』、『黒い山』、『ネロ・ウルフ対FBI』。ゼック三部作(『Xと呼ばれる男』、“The Second Confession”(1949)、“In The Best Families”)についてはひと括りにして「すべて傑作」、つまり短剣4本相当と見なしているようだ。『腰ぬけ連盟』を「お気に入りの一つ」、『ネロ・ウルフ対FBI』を「おそらくスタウト最良の作品」と述べている。
 ロビン・ウィンクス(“Detective Fiction”)は、『料理長が多すぎる』、『Xと呼ばれる男』、“Plot It Yourself”(1959)をお気に入りに挙げている。
 ブルース・F・マーフィー(“The Encyclopedia of Murder and Mystery”)は、ウルフの項目で『腰ぬけ連盟』、『シーザーの埋葬』、『Xと呼ばれる男』、『編集者を殺せ』(1951)、“A Right to Die”(1964)を傑作として挙げ(スタウトの項目では『ネロ・ウルフ対FBI』も挙げている)、特に『腰ぬけ連盟』を「ネロ・ウルフ・ミステリのベスト」としている。
 エドワード・D・ホック(“The Oxford Companion to Crime and Mystery Writing”でスタウトの項目を執筆)は、『毒蛇』、『腰ぬけ連盟』、『料理長が多すぎる』、『シーザーの埋葬』をシリーズのベストとし、『腰ぬけ連盟』のプロットを「シリーズ最強の一つ」としている。
 ジム・ホァン編『書店のイチ押し! 海外ミステリ特選100』では、『シーザーの埋葬』が選ばれている。
 ジャック・バーザンとW・H・テイラー(“A Catalogue of Crime”)は、『料理長が多すぎる』を「スタウトの作品で傑作の名に値する3、4作中の最高傑作」と称賛し、彼らのベスト50にも選んでいる。彼らがほかに傑作としているのは、“The Second Confession”、『Xと呼ばれる男』、『シーザーの埋葬』。
 ところが、“The Armchair Detective: A Book of List”では、バーザンは『ギャンビット』(1962)をベスト・テンの一つに選んでいる。“A Catalogue of Crime”では特に称賛していなかった同作を、バーザンがなぜ選んだのかは謎。“A Catalogue of Crime”での評価は共著者テイラーによるものだったのだろうか。
 “The Armchair Detective: A Book of List”でベスト・テンを挙げている人々の中では、ほかに、マイケル・マローンが『腰ぬけ連盟』を選び、ロバート・B・パーカーが「レックス・スタウトのほとんどの作品」としてチャンドラーやハメットなどの個別作品と並んで選んでいる。(ローレンス・ブロックも作家として名を挙げている。)
 なお、同書には、「アームチェア・ディテクティヴ」誌が行った作家や探偵の人気投票の結果も掲載されていて、作家ではスタウトがベスト15のうち1位(2位はクリスティ)、探偵ではウルフがベスト5のうち2位(1位はホームズ、3位はポアロ)となっている。(クイーンはいずれも選外。)
 『アメリカ探偵作家クラブが選んだミステリBEST100』では、66位に『ネロ・ウルフ対FBI』が選ばれている。

 英国勢では、メルヴィン・バーンズ(“Murder in Print”)が、『毒蛇』、『ファーザー・ハント』(1968)、『ネロ・ウルフ最後の事件』を挙げている。(なお、『ファーザー・ハント』はCWA(英国推理作家協会)の外国作品賞を受賞している。)
 H・R・F・キーティング編“Whodunit?”では、『腰ぬけ連盟』、『料理長が多すぎる』、『マクベス夫人症の男』(1973)が挙げられている。キーティング自身は、『海外ミステリ名作100選』で『腰ぬけ連盟』を選んでいる。
 ジュリアン・シモンズ(“Bloody Murder”)は、『毒蛇』、『腰ぬけ連盟』、『赤い箱』(1937)を特に推し、次いで“The Silent Speaker”、“The Second Confession”、“In The Best Families”、後期の作品では『ネロ・ウルフ対FBI』を好意的に評している。(“Even in the Best Families”[“In the Best Families”の英版タイトル]の序文では、『毒蛇』と『腰ぬけ連盟』を特に推しているようだ。)
 “Detective Fiction: The Collector’s Guide”のB・A・パイクは、『編集者を殺せ』をパースナル・チョイスに選んでいるが、共著者のジョン・クーパーはスタウトの作品を挙げていない。
 CWA会員が選んだベスト100である“Hatchards Crime Companion”では、スタウトの作品は選外だが、人気男性探偵ではウルフが8位に食い込んでいる。その上位には、4位のフィリップ・マーロウを除けば、英国作家の探偵たちが並んでいることからすると、むしろ大健闘と言うべきかもしれない。
 なお、スタウト自身のお気に入りは、ウルフ物ではない“Double for Death”(1939)だったというが、“Even in the Best Families”の序文でジュリアン・シモンズが伝えるところでは、ウルフ物の中では『腰ぬけ連盟』が最良だと語っていたとのこと。

 こうして見ると、『腰ぬけ連盟』が定評のあるベスト長編と言えそうだ(ジョン・ディクスン・カーもベストテンに選んでいた)。そのほかでは、『毒蛇』、『シーザーの埋葬』、『料理長が多すぎる』の評価が高い。そう言うと初期作品に偏っているようだが、アーノルド・ゼック三部作や『ネロ・ウルフ対FBI』も根強い支持を得ているのが分かる。さらに、個別作品に図抜けた古典があるわけではないが、ネロ・ウルフのシリーズは、人気という点では明らかにクイーンを凌駕し、アメリカを代表するミステリと言ってもいいほどだ。
 この素晴らしいシリーズが日本では比較的冷遇されているのが残念でならない。クイーンの作品はすべて邦題で引用できるし、複数の邦題から選択するほどだというのに、スタウトは(ご覧のとおり)原題で引用せざるを得ない作品が幾つもあるだけでなく、邦訳があっても雑誌に掲載されたまま放置されているものも少なくない。
 スタウトを知らずしてアメリカの本格ミステリは語れない。もっと多くの人にその魅力を知ってもらいたいものである。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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スタウト大好きです。
アーチーとウルフのやりとりがたまりません。
特にお気に入りなのは、「編集者を殺せ」でウルフの尋常じゃない記憶力がわかって、
忘れていたアーチーが憤慨する場面。
アーチーがウルフの甥だという説があるそうですが、うなずけるなあと。
短編がたくさんあるのも嬉しいです。
原書で少しずつ読んでいますが遅々として進みません。

そういえば「真昼の犬」という短編で二人が犬を飼いはじめますが、
あの犬はどうなったんでしょう。
ほかの話にも出てくるのかご存知でしょうか。
翻訳されている中では読んだ覚えがなくて、気になっています。

他にもクリスティやセイヤーズ、カー、クレイトン・ロースンなど
カテゴリに好きな作家が並んでいて、嬉しくてコメントしてしまいました。
これから読むのがたのしみです。
すてきなサイトをありがとうございます。

コメントありがとうございます。
ジェット(ブーツィ)君、どうなっちゃったんでしょうね。その次に来る事件は長編“Before Midnight”ですが、ジェット君は出てこなかったと思うし、念のためベアリング=グールドの『西35丁目のネロ・ウルフ』を確認しても、その後の消息は書いてないし、単発の登場だったんでしょうね。
スタウトは大好きな作家なので、いずれ個別の作品もブログで紹介したいと思っています。個人的なお気に入りは『腰抜け連盟』、『シーザーの埋葬』、“The Silent Speaker”ですが、後期の作品も含めて、どれをとっても楽しくて、プロットが弱くても気になりません。ぜひもっと翻訳されてほしいですね。
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