密室・不可能犯罪のアンソロジー

 密室や不可能犯罪をテーマにしたリファレンス・ブックといえば、ロバート・エイディの“Locked Room Murders”がよく知られているし、エドワード・ホックが作家や批評家からのアンケートを集計した密室物のベスト表も『密室大集合』(邦訳は早川文庫)の序文に紹介されている。念のため、そのベスト表を再掲すると、以下のとおり(どうやら邦訳も品切れになっているようだ)。

 1 『三つの棺』 ジョン・ディクスン・カー
 2 『魔の淵』 ヘイク・タルボット
 3 『黄色い部屋の謎』 ガストン・ルルー
 4 『曲った蝶番』 ジョン・ディクスン・カー
 5 『ユダの窓』 カーター・ディクスン
 6 『ビッグ・ボウの殺人』 イズレイル・ザングウィル
 7 『帽子から飛び出した死』 クレイトン・ロースン
 8 『チャイナ橙の謎』 エラリー・クイーン
 9 “Nine Times Nine” H・H・ホームズ(アンソニー・バウチャー)
 10 『孔雀の羽根』 カーター・ディクスン
 11 『帝王死す』 エラリー・クイーン
 12 『暗い鏡の中に』 ヘレン・マクロイ
 13 『爬虫類館の殺人』 カーター・ディクスン
 14 『魔術師が多すぎる』 ランドル・ギャレット
    『見えないグリーン』 ジョン・スラデック


 ジョン・ディクスン・カーの評伝『奇蹟を解く男』(邦訳は国書刊行会)の著者ダグラス・G・グリーンも密室・不可能犯罪物長編ベストを選んでいて(ケイト・スタイン編“Book of List”所収)、誰かが紹介しているかと思ったが、案外見かけないので(私が不明なだけかもしれないが)、以下に紹介しておく。
 グリーンは、カー(ディクスン)の作品から10、その他の作家から10の長編をそれぞれ選んでいて、いずれも「巧妙さ」の順に並べたとのこと。

ジョン・ディクスン・カー(カーター・ディクスン)
 『ユダの窓』
 『三つの棺』
 『爬虫類館の殺人』
 『死が二人をわかつまで』
 『孔雀の羽根』
 『囁く影』
 『曲った蝶番』
 『白い僧院の殺人』
 『貴婦人として死す』
 『悪魔のひじの家』

その他の作家
 『魔の淵』 ヘイク・タルボット
 『絞首人の手伝い』 ヘイク・タルボット
 “Nine Times Nine” H・H・ホームズ(アンソニー・バウチャー)
 『ビッグ・ボウの殺人』 イズレイル・ザングウィル
 『帽子から飛び出した死』 クレイトン・ロースン
 『チャイナ橙の謎』 エラリー・クイーン
 『迷路』 ビル・プロンジーニ
 『おしゃべり雀の殺人』 ダーウィン・L・ティーレット
 『魔術師が多すぎる』 ランドル・ギャレット
 『見えないグリーン』 ジョン・スラデック


 こうして見ると、『密室大集合』の集計結果と結構重なり合っているのに気づく(グリーン自身もアンケート回答を寄せた一人ではあるが)。長編に関しては定評のある作品は概ね絞り込めると言うこともできようか。
 ところが、短編の領域に入ると、それこそ多彩な作品が目白押しで、これぞベストと言える作品を挙げるのはもちろんのこと、ベスト・テンに入りそうな作品すら挙げるのも迷うほどだ。もともと密室や不可能犯罪物は、全体構成としてのプロットの工夫より、小道具や技術的なトリックで勝負する分野であり、短編のほうがなじみやすい形式だからではないだろうか。
 実際、過去に出版された密室・不可能犯罪物をテーマとした主だったアンソロジーを見ても、(重複を避けるよう工夫している面もあるが)収録作品の異同の著しさに戸惑いすら覚える。見方変えれば、それだけ楽しめる作品が山ほどあるということだ。
 我が国でも不可能犯罪物のアンソロジーが幾つか出ているが、読書ガイドを兼ねて、以下に海外で編まれた代表的なアンソロジーを挙げ、(恣意的な選択ではあるが)比較的知られたものを中心に(重複を避けて)収録作を例示しておく。


ハンス・S・サンテッスン編“The Locked Room Reader”(1968:邦訳『密室殺人傑作選』早川文庫)
 カー「ある密室」、クイーン「クリスマスと人形」、ロースン「世に不可能事なし」、チェスタトン「犬のお告げ」、ホック「長い墜落」など。
 ※原書には『ビッグ・ボウの殺人』と邦訳のないヘンリー・ケインの長編‘The Narrowing Lust’も収録されている。

エドワード・D・ホック編“All But Impossible!”(1981:邦訳『密室大集合』)
 カー「山羊の影」、マクロイ「鏡もて見るごとく」、クイーン「七月の雪つぶて」、ゴドフリー「ニュートンの卵」、ホック「有蓋橋事件」など。

アイザック・アシモフ、チャールズ・G・ウォー、マーティン・H・グリーンバーグ編“Tantalizing Locked Room Mysteries”(1982)
 ポー「モルグ街の殺人」、ドイル「まだらの紐」、フットレル「十三号独房の問題」、アーサー「51番目の密室」、ホック「レオポルド警部の密室」など。

マーティン・H・グリーンバーグ、ビル・プロンジーニ編“Locked Room Puzzles”(1986)
 カー「第三の銃弾」、プロンジーニ「盗まれた部屋」、ロースン「この世の外から」、ホック「魔術師の日」。

ダグラス・G・グリーン、ロバート・エイディ編“Death Locked In”(1987)
 ボドキン「代理殺人」、ゴドフリー「この世の外から」、ホック「魔法の弾丸」、カー「見えぬ手の殺人」、チェスタトン「見えない男」など。

ジャック・エイドリアン、ロバート・エイディ編“The Art of the Impossible”(1990)
 カー「妖魔の森の家」、タルボット‘The Other Side’、ポージス「コーヒー・ブレイク」、スーター「不可能窃盗」、ホック「不可能犯罪」など。

マイク・アシュリー編“The Mammoth Book of Locked Room Mysteries and Impossible Crimes”(2000)
 カー「銀色のカーテン」、ホック「混み合った墓地の謎」、ロースン「天外消失」、ポースト「ズームドルフ事件」、フットレル「モーターボート」など。

マイク・アシュリー編“The Mammoth Book of Perfect Crimes and Impossible Mysteries”(2006)
 カミングズ「Xストリートの殺人」、ホック「黒修道院の謎」、キング「釘と鎮魂曲」、ゴドフリー‘The Flung-Back Lid’、プロンジーニ「有罪証拠」など。

 カーとホックはほぼ常連であり、クレイトン・ロースン、ジョゼフ・カミングズ、ビル・プロンジーニもよく収録されている。
 カミングスは、“Banner Deadlines”(2004)でようやくまとまった短編集が出たが、それまではアンソロジー・ピースとしてしか単行本では読めなかった。同書に寄せたホックの回想によれば、『密室大集合』にカミングズの作品も含めたかったが、編集者に拒まれたらしい。「Xストリートの殺人」は個人的にも特に感心した作品の一つで、あまり知られていないのが惜しい。
 だが、上記アンソロジーの本当の読みどころは、邦訳でも読める有名作ではなく、上記では挙げなかったような掘り出し物の数々のほうだろう。ミステリマガジンなどに訳載されたものもあるが、未訳の作品も目白押し。特にアシュリー編の二冊はそうで、エイディの著書からもうかがえるが、きっとこれらの掘り出し物も氷山の一角に違いない。
 なお、“Locked Room Mysteries and Impossible Crimes”のあとがきとしてアシュリーが書いている‘Impossible Crimes: A Quick History’は、よくまとまった不可能犯罪物の略史で、代表作をうまく拾い上げていてなかなか参考になる。


Locked Room Reader 初版
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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ちょっと補足

 密室・不可能犯罪系はフランス語圏に熱心な研究家がいて、ベルギーのマニアが自費出版した、Chambres closes crimes impossibles (1997)があります。内容的にはエイディーの本に対応するものですが、フランス語圏の作家・作品が手厚いので参考になります。今でもABEなどを通じて入手可能です。
 フランスのRoland Lacourbeは各種のアンソロジーを編んでいますが、2007年に出たMysteres a huis closは『ビッグ・ボウの殺人』、『ナイン・タイムズ・ナイン』、ノエル・ヴァンドリーのA travers les murailles、ラントーム『騙し絵』などの長編や短編を収録した、1000ページを超える本です。ヴァンドリーは入手困難な作家でしたが、この本で一つ読めるようになりました。編者による密室殺人小史、巻末には作品リストがあります。
 ネット上では、たぶんご存じでしょうが、John Pugmore氏のA Locked Room Library (http://www.mysteryfile.com/Locked_Rooms/Library.html)が傑作選をリストアップしています。

コメントありがとうございます。
フランス語は学生時代以来まともに使っていないので、語彙が足りず、辞書と首っ引きでないと読めません。ルルーやシムノンの入手困難作も英訳で読んだくらいですので(いずれ当ブログで紹介しようかと思っています)。まだドイツ語のほうが得意なのですが、悲しいことにドイツはフランスに比べるとミステリの不毛なお国柄のようで・・・。
イギリスで古書収集家向けに出ている雑誌‘Book and Magazine Collector’の2009年11月号には、ジョナサン・スコットによる‘50 Howdunits: The Ultimate Locked-Room Library’という密室物のベスト50が載っていました。やはりおなじみの作品が多いのですが、ウィンズロウ&カークの“Into Thin Air”やルパート・ペニーの“Sealed Room Murder”などが入っているのを見ると、こんなところにもエイディ氏の影響が浸透しているのを感じます。高木彬光氏の『刺青殺人事件』が入っているのも面白いと思いました。
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