フィリップ・マクドナルド “Rope to Spare”

 フィリップ・マクドナルドの“Rope to Spare ”(1932)は、アントニイ・ゲスリン大佐物の第9作目。
 本作はゲスリン大佐物の中でも最も入手困難な作品とされ、そのためか、意外と言及されることの少ない作品だ。バーザンとテイラーの“A Catalogue of Crime”も挙げていないし、ロバート・エイディの“Locked Room Murders and Other Impossible Crimes”にしても真っ先に取り上げそうなものなのに、なぜか漏れている。
 しかし、プロットの独創性という点では、ゲスリン大佐物の中でもトップクラスであり、慎重に練り上げた全体構成を合わせて考えると、『鑢』や“The Link”以上の出来栄えで、ゲスリン物のベストと言っていい作品だ。

 ゲスリンは、ある難事件の解決に当たって敗血症にかかり、生死の境から回復して退院し、とある田舎の宿屋に滞在して静養していたが、彼女の問題を嗅ぎまわるなという匿名の手紙を受け取り、その送り主と思しき人物から謎の電話もかかってくる。車に鳩の死骸を投げ込まれるいたずらも起き、思い当たる節のないゲスリンは、手紙の内容を手がかりに、近隣にある「コーナーズ」という邸を訪れる。
 「コーナーズ」には、考古学者のエイドリアン・コンウェイ、妻のローズマリー、戦争で両足を失い、車椅子生活を送る弟のフェリス・コンウェイ、エイドリアンの助手を務める医師のジョージ・デラフィールド、召使いのリングが住んでいた。
 ゲスリンが手紙のことをエイドリアンに話すと、同じ送り主からと思しき中傷の手紙はローズマリー宛てに過去に何通も届いていたことを知る。エイドリアンが妻に事情を話し、ゲスリンにその手紙を見せようと取りに行くと、正面玄関のベルが鳴り続ける。不審に思ったゲスリンが、行ってドアを開けると、それは召使いのリングで、顔を鈍器のようなもので叩き潰されて死んでおり、死体が玄関口にもたれかかって肩でベルを押し続けていたのだった。
 散歩で外出していたデラフィールド以外は残り全員が邸内にいたことから、警察はいったんデラフィールドに嫌疑を向けるが、犯罪歴のあるジプシー一家が近隣をうろついていたことが判明し、彼らの犯行と断定する。しかし、ゲスリンはコンウェイ家の犬が吠えなかった事実から、犯行は外部の人間によるものではないことを示唆する。
 だが、悲劇はそれで終わらなかった。今度は、エイドリアンが、化粧室のドアのU字くぎにロープをかけて首を吊って死んでいるのが発見される。足元に丸椅子が倒れていたことから、自殺と思われたが、ゲスリンは、椅子を立てても自殺者の足が届かないことに気づき、殺人であることを見抜く。さらに、弟のフェリスも、ベッドで頭を撃たれて死んでいるのが発見される・・・。

 先行する“The Choice”や“The Crime Conductor”は、いかにも安易に書き飛ばした印象の強い作品で、分量も薄身だったが、それすら埋め草をちりばめて長編の体裁に仕立てたのではないかと思えるほどだった。
 ところが、この“Rope to Spare”はうって変わって分量も重量級になり、それも決して余計なサブプロットで水増しした結果ではなく、全体のプロットをよく練ったまとまりの良さと緻密さを感じさせる。中傷の手紙の謎、美貌の妻ローズマリーの過去、コンウェイ家の人間関係など、さまざまな要因が絡み合いながら、それぞれが決してばらばらではなく、結末に向けて必然的に収斂していくところも見事で、アイデア倒れでプロットに一貫性がないといういつもの欠点が、この作品については目立たない。それどころか、慎重に考え抜かれた全体のプロット構成はマクドナルドの作品の中でも随一と言っていいほどだ。
 この作家によく見られる構成上の奇抜な趣向は本作ではむしろ影を潜めている一方で、ゲスリンの論理的な推理の展開が随所で光る点も好印象だ。トリックという点で捉えても、不可能犯罪を扱ったマクドナルドの作品の中でも最も独創的であり、アガサ・クリスティが中期の傑作で用いたトリックを先取りしているだけでなく、フーダニットの意外性にも効果を上げている。
 マクドナルドの密室物の代表作としてよく挙げられる『フライアーズ・パードン館の謎』は、アイデア自体も短編ネタ程度のものだったし、用い方も必然性や説得力に乏しく、全体としてもサブプロットで水増しした感のある作品だった。エイディをはじめとする諸批評家が、『フライアーズ・パードン』を称賛する一方で、(多少強引さはあるものの)全体のプロットもより充実し、トリックとして見てもずっと独創的と思えるこの“Rope to Spare”に言及しようとしないのは不思議でならない。
 ここからはあくまで推測だが、アイデア倒れという汚名を返上しようとしたかのように構成を練ったのはいいが、その反面、プロットがやや複雑になり過ぎた印象もあり、分量もそれに応じて増大した結果、玄人好みではあっても一般にはとっつきにくい作品になってしまい、それが入手困難作と化した一因のような気もする。批評家の網からも漏れ、不当に無視されてきたのも、案外そんなところに理由があるのかもしれない。
 これからマクドナルドを読もうという人には、プロットもシンプルで分かりやすい『鑢』や“The Link”などのほうがお勧めかもしれないが、“Rope to Spare”は、マクドナルドの代表作の一つというだけでなく、黄金時代の傑作と比較しても遜色のない出来栄えであり、埋もれた傑作としてもっと認知されていい作品だと思う。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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よりによって…

『鑢』の解説を書いた時には、あの時点で入手したり借りたりして読める作品にはすべて目を通したので、この作家のことはおおよそわかった気になっていましたが、よりによって未読の作品に良い作品があったのですね。良いことを教えていただきました。

そう言えば、『鑢』の解説でも、この作品だけがゲスリン物の中で解題の欠けていた作品でしたね。エイディですら漏らしているくらいですから、よほど参照しにくい状況にあったものと拝察いたします。
『鑢』の解説は、未知の作家とその作品へのわくわくするような興味をかき立ててくれた思い出にも結び付いています。こうした開拓的な仕事が読者の関心を掘り起こし、多くの埋もれた傑作が世に出るきっかけを作ってきたのではないでしょうか。その意味では私も感謝しております。
思えば当時はまだ未成年だった・・・。

『鑢』解説

 当時はインターネットで古書を探求するなんてことはできませんでした。いろいろな古書店からカタログを取り寄せて、少しずつ集めていたのです。フィリップ・マクドナルドの作品は比較的入手しやすかったのですが、Rope to Spareはなかなか見つからなかったように思います。もちろん、今では所持していますが、今更読もうという気にはならず、そのままになっていたのです。ROMで特集するヴィクトリアン・ミステリが一段落したら手に取る予定です。
 『鑢』の解説は、あなたのような未来のマニアを読者に想定して書いたのです(当初の目的は達せられたようです)。当時は院生でした。光陰矢の如し、とはよく言ったものです。

かつては和書でも神田の古書店巡りをした人がいたといいますから、確かに隔世の感があります。遠方から出てきて、カーの絶版本を探して歩き、交通費と時間を無駄遣いしただけに終わったというエピソードなども聞いたことがあります。それが今では古書もネットで簡単に買えるようになったわけですから、本当に便利になったと実感します。
かつて読んだ『鑢』は今も本棚に並んでいます。引越しするたびに私とともに転々としながらも、今なお大切に持っている本はあるものですね。
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