フリーマンのベスト長編

 フリーマンの長編ベストは何かとなると、これは読者の主観的な判断になるので、断定的なことは言えない。ただ、様々なリファレンス・ブックを参照することで、識者がどう見ているかは、ある程度傾向を読み取れる。
 “In Search of Dr. Thorndyke”の著者ノーマン・ドナルドスンは、バタード・シリコンから出ているオムニバスへの序文を見ると、『キャッツ・アイ』(The Cat’s Eye)をベストに推しているようだ。
 (なお、ある日本のリファレンス・ブックでは、ドナルドスンをはじめ諸評論家が『証拠は眠る』(As a Thief in the Night)を推しているかのような記述があるのだが、管見の限りでは根拠がよく分からない。)
 “The Mystery Lover’s Companion”の著者アート・ブアゴウは、『ポッターマック氏の失策』(Mr. Pottermack's Oversight)と『猿の肖像』(The Stoneware Monkey)を挙げている。
 “1001 Midnights”のビル・プロンジーニとマーシャ・マラーも『ポッターマック氏の失策』を挙げているし、フリーマンに点の辛いジュリアン・シモンズも“Bloody Murder”で唯一これを挙げている。ノーマン・ドナルドスンもこの作品が最も人気のある作品だとしている。
 ターゲ・ラ・クール&ハラルド・モーゲンセンの“The Murder Book”でも、『ポッターマック氏の失策』がベストとされている。
 フリーマンの大ファンだったレイモンド・チャンドラーは、ジェームズ・ケディー宛書簡(1950年9月29日付け)の中で、『ポッターマック氏の失策』と『猿の肖像』をお気に入りとして挙げ、さらに、“Pontifex, Son and Thorndyke”も素晴らしいと語っている。
 H・R・F・キーティングの“Whodunit?”の代表作採点簿には、『赤い拇指紋』(The Red Thumb Mark)と『キャッツ・アイ』が挙げられていて、特に後者にはプロット満点を与えている。
 “A Reader’s Guide to the Classic British Mystery”の著者スーザン・オレクシウもベスト100の一つに『赤い拇指紋』を挙げている。
 『読ませる機械=推理小説』の著者トーマ・ナルスジャックは、特に『猿の肖像』を例に挙げて論じ、多くの頁を割いて高い評価を与えている。ナルスジャックは、これと並んで『キャッツ・アイ』を挙げている。
 『現代推理小説の歩み』のサザランド・スコットは、代表作として『オシリスの眼』(The Eye of Osiris)、“The Mystery of 31 New Inn”、“Helen Vardon's Confession”、“The Mystery of Angelina Frood”を挙げていて、特に最後の作品がお気に入りのようだ。
 ジョン・ディクスン・カーは『地上最大のゲーム』で、『オシリスの眼』をソーンダイク博士の「最大の事件」と呼び、ヴァン・ダインも1928年に刊行した“The S.S. Van Dine Detective Library”という長編ベスト7の一つに『オシリスの眼』を選んでいる。
 “The Dead Hand and Other Uncollected Stories”に序文を寄せているトニー・メダワーとダクラス・グリーンも、『オシリスの眼』を「多くの人がソーンダイクの最も優れた調査と見なしている小説」とし、“A Silent Witness”と『キャッツ・アイ』をこれに続けて推している。
 ジャック・バーザンとウェンデル・ハーティグ・テイラーの“A Catalogue of Crime”では、“When Rogues Fall Out”、『猿の肖像』、“Felo De Se?”を三大傑作とみなしているようだ。
 “The Encyclopedia of Murder and Mystery”の編者ブルース・F・マーフィーは、“The Mystery of 31 New Inn”、“Felo De Se?”、 『猿の肖像』をベスト3に挙げている。

 こうして見ると、特に挙げられる頻度の高い代表作は、『オシリスの眼』、『キャッツ・アイ』、『ポッターマック氏の失策』、『猿の肖像』ということになりそうだ。


「オシリスの眼」英初版

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

「オスカー・ブロズキー事件」

 ピアスン誌1910年12月号に掲載された「オスカー・ブロズキー事件」のH・M・ブロックによる挿絵。


オスカー・ブロズキー1


オスカー・ブロズキー2


オスカー・ブロズキー3


オスカー・ブロズキー4

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

「計画殺人事件」

 「計画殺人事件」は、『歌う白骨』収録作品の中でも、最も込み入った初出の経緯がある。
 デビッド・イアン・チャップマンの書誌によれば、ピアスン誌1912年1月号に掲載されたのが初出とされる。ところが、この短編は、それ以前に、アメリカのマクルーア誌1910年8月号に掲載されているのだ。したがって、マクルーア誌掲載がこの短編の真の初出ということになる。
 さらに言えば、実際に書かれた順序はともかくも、初出という点では、ノヴェル・マガジン1910年8月号に掲載されたという「落ちぶれた紳士のロマンス」と並んで、初めて世に出た倒叙推理小説ということになる。少なくとも、「刑事コロンボ」シリーズを生んだ国で初お目見えした倒叙物というわけだ。
 マクルーア誌版、ピアスン誌版、単行本収録版を比較すると、冒頭部分から異同があり、第一部、第二部の書き出しが雑誌版では一致しているが、単行本版では加筆が加えられてより詳しくなっているのが分かる。
 雑誌版同士を比較しても、本文は、ピアスン誌版とマクルーア誌版はほぼ同じだが、標題が異なっている。
 マクルーア誌では、第一部の標題はなく、第二部の標題が‘Jervis Speaks’となっている。ピアスン誌では、第一部が‘An Artist in Murder’、第二部が‘An Artist in Detection (How John Thorndyke, Detective, sifted out the real clues from the false — narrated by Dr. Jervis, his assistant.)’となり、第一部で犯罪の経緯を描き、第二部で探偵による解明の過程を描くという倒叙の構成をさらに分かりやすく表すものとなっている。
さらに、単行本では、第一部が‘The Elimination of Mr. Pratt’、第二部が‘Rival Sleuth-Hounds (Related by Christopher Jervis, M, D.) ’と更に変化している。
 倒叙物の標題としては、ピアスン誌の標題がその構成を最も効果的に表していると思えるが、単行本では、「オスカー・ブロズキー事件」に続く二編目に当たるので、倒叙としての構成を改めて示すより、内容をより分かりやすく表す標題に変えたのではないだろうか。
 マクルーア誌では、ヘンリー・ローリー、ピアスン誌ではおなじみのH・M・ブロックがそれぞれ挿絵を描いている。いずれも違う場面を描いていて重複しないが、雰囲気がまるで違うのが面白い。

マクルーア誌の挿絵

計画殺人事件01

計画殺人事件02

計画殺人事件03

計画殺人事件04

計画殺人事件05



ピアスン誌の挿絵

計画殺人事件06

計画殺人事件07

計画殺人事件08

計画殺人事件09

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

ポー、ディケンズ、ドイルへのフリーマンの挑戦

 「計画殺人事件」の挿絵をアップした機会に、フリーマンと他作家との関係についても触れておきたい。
 ノーマン・ドナルドスンによれば、フリーマンは他のミステリ作家の作品をほとんど読まなかったという。この点は、アガサ・クリスティのような作家とは大違いで、プロットに前例があるか、重複になるおそれがないか、といったことにはほとんど無関心だったのかもしれない。
 その一方で、同時代作家に対しては無関心でも、古典とされるミステリの先駆者達の作品についてはよく読んでいたと思われ、時にはそれらに挑戦を試みているのが面白い。
 “John Thorndyke’s Cases”収録の‘The Anthropologist at Large’がドイルの「青いガーネット」と関係があり、長編“The Mystery of Angelina Frood”がディケンズの『エドウィン・ドルードの謎』と関係があることは、ドナルドスンも論じている。
 ほかにも、「計画殺人事件」がドイルの『四つの署名』に、“Dr. Thorndyke’s Case-Book”収録の「青い甲虫」がポーの「黄金虫」に挑戦したものであるのも明らかだ。
 ‘The Anthropologist at Large’では、ホームズが帽子から組み立てた推論がいかに不確実なものかを暗に批判しているし、“The Mystery of Angelina Frood”は、ディケンズの未完の作品に対するフリーマンなりの解決の仕方を提示したものとなっている。(「アンジェリーナ・フルード」は「エドウィン・ドルード」のもじり。「エドウィンとアンジェリーナ」は、オリヴァー・ゴールドスミスの詩‘The Hermit’(隠者)の登場人物に由来する。)
 「計画殺人事件」では、警察犬に対する過信に警告を発しているし、「青い甲虫」では、羅針盤が時の経過によって微妙に方向がずれることを指摘し、「黄金虫」のプロットがそのままでは成立しないことを暗に示している。
 ポー、ディケンズ、ドイルという先駆者達の作品に挑戦しているからには、同時代のクリスティやカーなどの作品にも挑んでほしかったところだが、現存する作品からはそんな痕跡は見られない。やはりほとんど読んでいなかったし、さほど意識してもいなかったのかもしれないが、カーとロースンのように、作家同士で挑戦し合う例もあったのだから、フリーマンがそうした試みをしなかったのはちょっと残念ではある。

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

「歌う白骨」

 ピアスン誌1911年9月号に掲載された短編「歌う白骨」のH・M・ブロックによる挿絵。雑誌版では、原題は‘Death on the Girdler’(ガードラー砂州の死)となっている。

歌う白骨1

歌う白骨2

歌う白骨3

歌う白骨4

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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