F・W・クロフツ 「フレンチ首席警部をご紹介」

 以前の記事でご紹介した“Meet the Detective”(1935)収録の、クロフツによる‘Meet Chief-Inspector French’の訳を以下にアップします。
 同書収録の作者による探偵の紹介文の中では、フリーマンによる「ソーンダイク博士をご紹介」(Meet Dr. Thorndyke)が、『名探偵読本5 シャーロック・ホームズのライヴァルたち』(パシフィカ)に、また、H・C・ベイリーによる‘Meet Mr. Fortune’の改稿版「フォーチュン氏紹介」が『フォーチュン氏の事件簿』(創元文庫)に収録されています。(戦前にE・C・ベントリーによる‘Meet Trent’が雑誌に訳載されたとの情報もありますが、詳細は知りません。)
 生真面目な紹介文がほとんどですが、クロフツは、いかにもラジオ・トークらしく、ユーモアたっぷり、くだけた感じのおしゃべりをしていて、それがそのまま単行本に収録されたようです。クロフツは、フレンチ本人をマイクの前に連れてきて一緒にトークするという趣向を凝らしていて、これも他に例のない試みでした。したがって、この紹介文はフレンチの登場作品にカウントしなくてはならないようです。
 なお、この紹介文は、『英仏海峡の謎』のネタバレを含みますので、未読の方は御注意ください。


フレンチ首席警部をご紹介

 ロンドン警視庁犯罪捜査課のジョゼフ・フレンチ首席警部のことを話してくれとのご依頼を受けました。精いっぱいやってみるつもりですが、本人をマイクの前に連れてくるほうが分かりやすいでしょう。そこで、なんとか本人を説き伏せて来てもらい、自分でしゃべってもらうことになりました。ただ、私が話す紹介を聞けば耳が痛いでしょうから、とりあえず隣の部屋で待ってもらっています。
 というわけで、ここにいないので言わせてもらいますが、彼はほんとにいいやつですよ。愛想がいいし、率直だし、職務の許すかぎりは実に思いやりのある男なんです。相手に愛想よく接すれば、それだけたくさんのことを聞き出せると信じているので、その信念に従って行動しているのです。丁寧に対応しようと絶えず心にかけているし、「猫なでジョー」というあだ名を奉られたのももっともです。決して完全無欠とは言えない男ですが、付き合いも長いですし、これ以上の友人もおりません。
 でも、正直言えば、さほど聡明な男でもありません。それどころか、鈍いやつだと言う人も多いんですよ。ここで、打ち明け話をさせてもらいましょう。探偵小説に手を染めようという者なら、探偵を聡明で「個性的な人物」にするか、それとも、ごくありきたりな凡庸な人物にするかをまず決めなくてはいけません。フレンチを創造するとき、後者のほうにしようと思ったわけが二つあったのです。一つは、そのほうが斬新な手法だと思われたからです。「個性的な」探偵ならすでにいくらでもいました。たいていは偉大なるシャーロックの直系の子孫というわけです。二つ目のわけは、それよりずっと大事なことでした。とび抜けた個性というものを一貫して描き続けるというのは、とても難しいことなんですよ。
 なので、フレンチは、目立つところも奇癖もない、まるっきり平凡な男にしようと思ったんです。もちろん、それなりの個性は必要でしたが、ごく普通に身を立てている男が持つ、ありきたりな個性でなくてはなりませんでした。粘り強さや忍耐力もあれば、それ相応の知性もあるというわけです。つまり、どんな職業でもそれなりにうまくやっていくために必要とされる個性にすぎません。
 したがって、目覚ましい直感ですぐさま結論を出すような男ではないということになります。情報が見つかりそうなめぼしい場所にあちこち足を運んで情報を探ることから捜査を始めるわけです。情報を得ると、事実を説明できる仮説を作り上げるまで、ひたすらその情報を吟味します。その仮説が間違っていることもしょっちゅうですが、たとえそうでも、もっとましな仮説を組み立てられるまで、もう一度吟味し直すだけです。
 フレンチは、私立探偵ではなく、警視庁の警部にしました。そのほうが現実的な存在にできると思ったからです。ところが、すぐさま難問が出てきました。私はロンドン警視庁のことも犯罪捜査課のことも知らなかったのです。どうしたらいいのか? 答えは簡単。作家という仕事をする上でしばしば頼りにする拠り所を当てにしたのです。つまり、自分が知らないのなら、きっと読者もほとんど知らないだろう、というわけです。
 ところが、この拠り所は思ったほど当てにはならぬと分かりました。実際の警視庁の警部なら目を丸くするようなことを時おりフレンチがやっていると、ご指摘をいただいてきたからです。彼はいつも列車の一等車、とりわけ寝台車で移動します。地方の警察官から賃料も払わずに自転車を借りたりもします。巡査部長の随行もなしに地方に捜査に出かけたりしています。ほかにも、いけないことをいろいろやっているのです。さいわい、首席警部になった今では、自分のやり方に時々は間違いもあることに気づいているし、もっと慎重に警察の優れた慣例に従うようにしています。
 フレンチは、マイホーム人間ですし、スリッパにはき替えて暖炉にあたり、海の冒険を描いた小説に没頭するのがなによりの楽しみです。結婚していますが、ワトスン医師とは違って、妻は一人だけです。妻のエミリーが捜査を助けてくれることもあります。でも、これはいつになく行き詰ってしまったときだけです。そうでないかぎり、仕事の話で妻を煩わせるのはよくないか、そんなことをしても仕方ないだろうと考えているのです。子どもがいるかどうかは私もずっと考えあぐねてきました。ある本では子どもの話が出てきて、別の本では子どもはいないとなっていた、なんてことがあったらそれこそ悪夢です。でも、どっちの話も出てはこないので、この問題に触れるのは遠慮させていただきたいとだけ申し上げます。
 警視庁でのフレンチの仕事はまことに充実していて、首席警部になってからは一段とそうです。昇進はちょっと変わった理由で決まりました。仕事ぶりとか、上司の評価ではなく、多くの人が手紙で、昇進が遅いじゃないかと言ってきたからなのです。当然ながら、お客様が常に正しいというわけです。
 もちろん、フレンチの警視庁での仕事が充実しているというだけでなく、彼は同僚よりもとても恵まれています。特に二つの点で恵まれているおかげで、彼は特別な立場にあるのです。
 一つは、彼は捜査で必ず成功を収める運命にあります。ひどく落ち込んだり、失望したりすることも確かにあります。それもしょっちゅうです。もっとも、これは読者への配慮でそうしているにすぎません。読者はみな退屈しがちだし、飽きっぽいですからね。でも、フレンチが落ち込んだとしても、それは本人のせいなんですよ。彼もよく分かってるんです。あるいは、ちょっと推理を働かせれば分かるはずなんです。失敗に終わるようなら、自分が本に登場したりはしないってね。成功はすぐには得られません。本にサスペンスをもたらす効果を無視はできませんからね。でも、必ず成功を収めるし、三百頁も進めばそうなることを彼だってよく知っているのですよ。
 同僚より恵まれている点の二つ目は、一点目からおのずと出てくることです。つまり、彼は必要とする手がかりを確実に見つけるのです。そりゃ見つけますよ。見つけてもらうために手がかりを置いてるんだもの。そうやって手がかりに出くわすわけですから、いやでも見つけないわけにはいかんのです。しかも、見つける手がかりは、まさに事件の解決に導く手がかりというわけです。そりゃあ、すぐにそうと気づくわけじゃないですけどね。手がかりを見つけてから、その意味に気づくまでには、必ずそれなりの時間がかかります。そうでなくちゃね。だって、さもないと、本はすぐに結末となってしまいますもの。
 捜査官が必ず正しい結論に導く手がかりだけを見つけるという、この方式は、まことに理想的な捜査の進め方でして、ロンドン警視庁の皆さんにもぜひぜひお勧めしたいところです。
 いま申し上げたとおり、フレンチには、警視庁の同僚より恵まれた点が二つあるわけですが、実は三つ目もあるんです。彼は絶対に殺されません。重傷を負うこともありません。そのわけは、もちろん、次の本にも登場してもらわなきゃいかんからです。なので、ニューヘイヴンで起きたみたいに、誰かが部屋にガソリンの蒸気を充満させて火をつけようとしても、フレンチは、よく考えてみりゃ、その人物がガソリンに点火したりしないか、点火しても燃え上がらないと分かるはずなんです。逮捕しようとする犯人が手持ちの手榴弾のピンを抜いても、これまた考えてみれば、起爆を防げると気づくか、爆弾が実は不発弾だと判明するわけです。もちろん、そんなおっかない状況では、気づく余裕なんかありません。だって、そうじゃないと、彼に恐怖を味わってもらえなくなっちゃいますからね。彼がそんな目にあうことを読者は期待してるし、お約束でもあるわけです。
 フレンチのことばかり話しすぎたかもしれませんが、それだけ彼のことを大切に思ってるからなんですよ。でも、お許しをいただけるのなら、ここで彼を呼ぶことにしましょう。死者も目覚めるほどの大声で呼ぶと、彼は姿を見せます。
 「やあ、なんだい?」と彼は尋ねます。
 「皆さんにお話ししてくれるかい?」と私は言います。
 彼はためらいがちにマイクに近づき、咳払いをして、おずおずと話しはじめます。
 「さて、こうして親愛なる皆さんにお話しできるのは嬉しいことですし、人生でこれほど光栄なことは・・・」
 私は彼を押しとどめます。さもないと、どんな方向に行ってしまうか分かりませんから。私は、どうやって事件を解決するのかを説明してくれと頼みます。
 こちらのほうが彼の本領というものです。彼は軽く笑うと、いつもの話し方でしゃべりはじめます。
 「まあ、そうだね。それなら話せるよ。実を言うと、ぼくは常に解決してるわけじゃないんだ。でも、お聴きの皆さんには、どうやってうまくけりをつけるのかをお話しするよ。つまり、失敗談はしないということさ。モーティマー卿や警視庁の仲間は失敗したことも知ってるかもね。いや、実際、知ってるよ。でも、皆さんは知らない。もちろん、これは皆さんへの気遣いなんだ。だって、きれいに解決したといえないような話で皆さんを煩わせてもね」
 「そうは言うけど」と私は言います。「君はいつも解決してるだろ。みんなは君の捜査法を知りたいんだよ」
 「そうだね」と彼は説明します。「主に方法は二つある。有望な手がかりを得るか、幸運に恵まれるかさ。はっきり言うと、幸運が一番の方法だよ。いつまでも悩んだり、困ったりしなくてすむからね」
 彼のインスピレーションの糸も途切れたようなので、また話の糸口を与えてやります。
 「一度か二度、窮地に陥ったことがあるよね」とヒントを与えます。「君にとって最悪の五分間を話してくれないかい」
 これには彼も身を乗り出します。「警視庁にいても、時おりやっかいな仕事はあるよ。でも、むろん、そんなのはその日のうちに決着しちまう。お尋ねとあらば、事件で出くわした最悪の状況は、さっき聞こえたけど、君が話してた事件だろうな。そこのドアが閉まってなかったのに気づいてたかい? つまり、ニューヘイヴン沖で遺棄されたヨットで二人の投資家が殺されて、大量のダイヤが行方不明になった事件さ。憶えてるだろ。そう、ノランという男が容疑者だったけど、有罪を立証できなかった。でも、みずから馬脚を現すように仕向けるチャンスがあると思ったんだ。そこで、わなを仕掛けた。自分のランチに手がかりを残してしまったように思い込ませる話をしたんだ。ランチを破壊しようとするだろうから、その現場を押さえようと思ってね。
 ランチはニューヘイヴン港に停泊してたので、次の日の夜、カーター巡査部長と一緒に波止場に張り込んで監視していた。雨の夜で、びしょ濡れになってしまった。でも、ちゃんと報われたよ。夜の三時頃に、ノランがこっそりやってきて、船に乗り込んだ。できるだけ近づいてあとに続いたよ。やつは小さな機関室に姿を消した。そのあとぼくはドアに忍び寄って中を覗きこんだ。やつは懐中電灯で作業をしていた。やつが消えたダイヤを隠し場所から取り出して自分のポケットに入れるのを見ていたときのぼくの気持ちが分かるだろ。むろん、これこそ、ぼくが求めていた証拠だったんだ。ところが、やっかいな状況になってね。やつは機関室にガソリンをばらまき、床に時計の付いた金属缶を置いた。これは時限装置で作動するものだと思ったよ。
 ところが、時すでに遅し。ぼくが手を打つ前に、やつは懐中電灯をぼくに向けていたし、気づいたら銃を突きつけられていた。やつは落ち着いて話したよ。計略じゃないかと思いはしたが、一か八かでやってみたんだってね。ぼくが生きているかぎり、自分が縛り首になる可能性は消えない。だから、ぼくを殺すつもりだ。そのあと自分だけ逃げられるものなら逃げるし、だめでも巻き添えにして死ぬ、とね。
 ぼくには打つ手なしだったのは分かるだろ。動けば、やつは撃っただろうし、撃てば、その場は火の海になる。やっかいな状況だし、逃げ道もなかったよ」
 フレンチはひと息つき、私はまた彼を促します。
 「どうやって逃れたのか話してくれよ」
 「そう、ここで幸運がぼくに訪れたのさ。カーターがぼくの背後にいた。ノランは彼に気づかなかったんだ。それで、カーターはデッキに素早く上がり、ランチの側面に回って降りると、舷窓からノランを撃った。手を撃ったんだが、銃から発した火花は室内に入らなかったので、点火はしなかった。だが、ノランは死に物狂いで、けがにもめげず、ぼくに襲いかかってきた。ぼくはパイプにつまずき、モーターに脇腹をぶつけた。肋骨を何本か折ったけど、なんとかノランをふりほどくと、カーターが戻ってきて、やつを引き離してくれたんだ」
 「あとで思うと、殺されてたかも、というわけだね! フレンチ、君はとんだ食わせ者だよ!」
 彼はにやりとし、もう警視庁に戻らなきゃと、あからさまにほのめかします。なので、もう解放してやらなくちゃなりません。



Meet the Detective

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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