ローレンス・G・ブロックマン ‘Dr. Coffee and the Philanderer's Brain’

 ‘Dr. Coffee and the Philanderer's Brain’は、エラリー・クイーンのアンソロジー“Ellery Queen's All-Star Lineup”(1968)に収録された、ダニエル・ウェブスター・コーヒー博士物の短編。初出は、本国版EQMMの1966年8月号。

 H・レイトン・ウッズ博士は、ノーベル賞の有力候補に挙げられる原子物理学者だった。博士は、マカブラムズ空軍基地で最高機密に属する研究に携わっていて、ある日の深夜、基地にある自分の研究室に向かっていた。
 博士が立入禁止の入口に接近していくと、基地の哨舎にいたベルという歩哨が、博士を不審者と見なして、再三にわたって誰何して警告を発するが、博士は無視して接近してくる。ベルはやむなく、ライフルを威嚇射撃し、それでも無視して近づいてくる博士に、今度は頭を狙って射撃する。博士は絶命して倒れ、銃声を聞いた近隣の住民が警察に通報する。
 ノースバンク警察のマックス・リッター警部補が通報を受けて現場に来る。警部補は、撃たれたのも民間人なら、現場も民間地だと食い下がるものの、空軍基地から銃を撃った事故だという部外広報係将校の主張に、捜査の立ち入りを許されなかった。
 ウッズ博士の遺体は、パストゥール病院に運び込まれ、リッター警部補は、病院からコーヒー博士の自宅に連絡し、検死解剖を依頼する。すると、スペイン系の訛りのあるブルネットの女が警部補にウッズ博士の安否を尋ねてくる。警部補からウッズ博士は死んだと聞かされると、女は取り乱し、そのまま名も名乗らずに車で走り去る。
 コーヒー博士は警部補に、検死解剖の結果、ウッズ博士は弾丸で頭を撃たれたのが死因と説明するが、歩哨の誰何も威嚇射撃のライフル音も聞こえなかったのではないかという。ウッズ博士は、数年前に起きた事故で鼓膜が破れていて、耳が聞こえなかった。ところが、死体にも衣服にも、補聴器は見あたらなかったという・・・。

 補聴器の謎と事件に関与した女性たちの行動から、コーヒー博士は、やはり事故という結論をいったんは下すが、このシリーズの特徴らしく、改めて遺体の脳を検査した結果、ウッズ博士の死は、実は殺人であることが判明する。そのパターン自体は、いかにもコーヒー博士シリーズの面目躍如なのだが、残念ながら、本作に関しては、意外性も歯切れのよさもいささか弱く、プロットとしては生煮えだった。クイーンがアンソロジー・ピースとして選んだわりには、不出来な部類に入ると思われる。
 これで、第一短編集“Diagnosis: Homicide”、第二短編集“Clues for Dr. Coffee”の収録作以外で、未訳の中短編はすべてこのブログでご紹介したことになる。
 この機会に、コーヒー博士シリーズ全作品の書誌を以下にアップしておきたい。全部で長編1、中短編26に及ぶシリーズである。

Recipe for Homicide(1952) 長編

“Diagnosis: Homicide”(1950) 第一短編集
 But the Patient Died
 Rum for Dinner  ディナーにラム酒を(『ディナーで殺人を 下』創元文庫所収)
 The Phantom Cry-Baby
 Catfish Story  なまず物語(『エドガー賞全集 上』早川文庫所収)
 The Half-Naked Truth
 Deadly Back-Fire  やぶへび(『北村薫の本格ミステリ・ライブラリー』角川文庫所収)
 Brood of Evil
 Diagnosis Deferred

“Clues for Dr. Coffee”(1964) 第二短編集
 Old Flame
 No Taste for Tea  舌のつぶれた男(エラリークイーンズ・ミステリマガジン1959年12月号所収)
 Stacked Deck
 The Swami of Northbank
 Murder Behind Schedule  予定時間後の殺人(ミステリマガジン1970年7月号所収)
 The Square on the Hypotenuse
 Calendar Girl
 Kiss of Kandahar
 Wrong-Way Tosca
 The Wolf and the Wayward Wac

単行本未収録作
 Goodbye, Stranger (1964. 10)
 Death by Drowning? (1965. 4)
 Dr. Coffee and the Philanderer's Brain (1966. 8) “Ellery Queen's All-Star Lineup”(1968)所収
 Missing: One Stage-Struck Hippie (1970. 9) “Aces of Mystery”(1975)所収
 Dr. Coffee and the Amateur Angel (1971. 10)
 Dr. Coffee and the Pardell Case (1972. 6)
 Dr. Coffee and the Whiz Kid (1972. 11)  コフィ博士と天才児(『殺人心理学 下』早川文庫所収)
 Dr. Coffee and the Other Twin (1973. 5)  コフィ博士と双生児の片割れ(ミステリマガジン1997年10月号所収)


Clues for Dr. Coffee
“Clues for Dr. Coffee”の米初版ダスト・ジャケット
正面がコーヒー博士、右側がムーカージ博士

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

ローレンス・G・ブロックマン “Recipe for Homicide”

 “Recipe for Homicide”(1952)は、ダニエル・ウェブスター・コーヒー博士が登場する唯一の長編。

 ボブ・ギルモアは、ノースバンクの中西部にあるバルザック・スープ缶詰会社に勤める広報部長だった。ギルモアは、社の宣伝のため、人参の皮をむいて切りそろえる作業に秀でた職員を「キャロット・クイーン」として表彰するショーの演出を担当していた。
 アメリカ陸軍向けに携帯口糧を輸送することにしたバルザック社は、社の愛国心をPRするために、その最初の出荷の際に式典を催す計画を立てていたが、ギルモアは、一般家庭向けのスープ缶詰の販売には影響しないと、総支配人のエヴァンズに反対の意思表示をしていた。それは販売促進部長のバーバラ・ウォールのアイデアだったが、エヴァンズは彼女と談判するようギルモアに指示する。
 実は、バーバラは以前、ギルモアがニューヨークで勤めていた広告会社に勤めていて、ギルモアに解雇された女性だったが、たまたまギルモアの勤めるバルザック社に再就職し、今では立場が逆転していたのだった。二人が話している途中に電話が入り、輸送の目的地が公になることを危惧した陸軍が式典の中止を要請してくる。
 翌日の朝、その携帯口糧の缶詰の品質を吟味する試食会が社内で行われた。試食会には、生産部長のバート・レミントン、調理長のルノルマン、家政科チーフのペギー・ベイリスといった常連メンバーのほか、エヴァンズ、ギルモア、バーバラも参加する。
 ところが、午後になって、ペギーは気分が悪くなり、吐き気やのどの痛みなどの症状を訴える。次第に症状がひどくなったペギーはパストゥール病院に運び込まれるが、そこで息を引き取る。朝試食した携帯口糧の缶詰が原因ではないかと疑ったギルモアは、陸軍向けに出荷した缶詰が汚染されている可能性を示唆してエヴァンズを説き伏せ、パストゥール病院の病理学者、コーヒー博士に検死解剖を依頼する。
 コーヒー博士は、検死解剖の結果、死因はヒ素によるものであることを明らかにする・・・。

 コーヒー博士のほか、助手のムーカージ博士、リッター警部補というシリーズの常連が登場し、いつもの役割を演じてはいるのだが、ストーリーはむしろ、ギルモアとその人間関係を中心に展開していく。肝心のコーヒー博士は登場場面も少ないし、事件の解明も、斬新な法医学上の見識を披露するわけでもなく、その面での意外性やユニークさも乏しくて、コーヒー博士による快刀乱麻を断つような謎解きの見せ場を期待すると裏切られることになる。“1001 Midnights”のビル・プロンジーニも、本作は「さほど成功していない」し、コーヒー博士の才能は短編向きだ、とやや辛口の評を与えている。
 ブロックマンが描きたかったのは、むしろ、主人公のギルモアを中心にした人間模様だったようだ。別れた妻のジーナとの過去、バーバラや「キャロット・クイーン」のフランシスといった女性たちとの関わりや、さらには、バルザック社の内幕、フランシスの夫のクリス、ペギーの夫のジョージの不審な行動などを絡ませた展開に、いかにも当時の世相を反映して「赤狩り」の問題を盛り込むなどしてストーリーを膨らませている。コーヒー博士の謎解きではなく、主人公のギルモアとその取り巻きに視点を移して読めば、登場人物たちもそれなりに描けていて面白い面もあると言えるかもしれない。ギルモアが自分の車のエンジンにダイナマイトが仕掛けられているのに気づく場面など、ミステリらしい見せ場もそれなりにある。しかし、謎解きとして見る限りでは、プロンジーニの評のとおり、さほど高い評価は与えられないし、やはりブロックマンの本領は中短編にあったと言わざるを得ないようだ。
 なお、バルザック缶詰会社は、“Diagnosis:Homicide”収録の`The Phantom Cry-Baby’でも登場した会社であり、その事件についての言及も本編中に出てくる。

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

脱線の余談――小説は事実よりも・・・

 ニュースによれば、インド北東部で原因不明の脳疾患が増加しており、患者の3分の1以上が脳卒中、神経症状などの異常を発症し、子どもを含む多くの死者が出ているとのこと。痛ましいニュースであり、決して面白半分に話題にしていいことではないのだが、そこはご容赦願って、敢えてミステリとの関連で取り上げる。
 米疾病対策センターは、29日、果物のライチの収穫時期と患者の増加時期が一致しており、患者の子どもがライチの果樹園や農地で多くの時間を過ごしていたことから、この脳疾患が、ライチに含まれるメチレンシクロプロピルグリシン(MCPG)化合物という有害物質と関係がある可能性を指摘しているとのこと。
 MCPGは、重度の低血糖症などの原因になると考えられており、同センターは、西インド諸島と西アフリカで、ライチと同じ科に属する果物のアキーを、熟する前に食べたあとに急性脳症を発症した事例があることに触れているそうだ。
 なぜこのニュースを引用したのかというと、ローレンス・G・ブロックマンの“Diagnosis: Homicide”収録の‘Rum for Dinner’(邦訳「ディナーにラム酒を」。『ディナーで殺人を 下』創元文庫所収)が、このアキー中毒を扱ったものだからだ。この作品でも、アキーは未熟か過熟だと有毒になるとされていて、ジャマイカで子どもがアキーを拾って食べて具合が悪くなったという事例に触れている。実際、ジャマイカや西アフリカでは、アキーが原因による死亡事故が過去にも起きているらしく、「ジャマイカ嘔吐症」と呼ばれているそうだ。
 同短編集に序文を寄せた、ニューヨーク市の首席検死官トマス・A・ゴンザレスは、このアキー中毒にも触れていて、毒殺の手法として真実味があるが、過去に確認された事例はおそらくないと述べている。
 もちろん、インドでの事例は、毒殺事件ではなく、事故と思われるし、原因もまだはっきり特定されたわけではないが、一定地域の特殊な果物だから身近に聞くことはあるまいなどと思っていると、時にはこんなことが起きたりするから、不思議な気持ちになるというものだ。

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

S・フチガミ

Author:S・フチガミ
お問い合わせ等は
fuhchin6491
(アットマーク)
hotmail.co.jp
へどうぞ

カテゴリ
フリーエリア
天気予報
リンク
検索フォーム
アクセスカウンター
RSSリンクの表示