50のハウダニット――究極の密室ミステリ

 以前、ロラン・ラクルブらの“1001 Chambres Closes: Guide de lecture du crime impossible”でリストアップされた「天下一品」の密室ミステリをご紹介したが、今度は、ジョナサン・スコットという人が2009年に‘Book and Magazine Collector’という収集家向けの英国の雑誌に掲載した“50 Howdunits: The Ultimate Locked Room Library”を御紹介しよう。(ラクルブらのチョイスと並んでアップしている海外のサイトもあるようだ。)
 本文では上記のタイトルだが、表紙と目次では‘Top 50 Locked Room Mysteries’となっている。リストは発表年代順で、ポーからポール・アルテまでの50作品が選ばれている。収集家向けの雑誌らしく、リストには、各作品の内容紹介だけでなく、初版の取引価格の相場まで付されている。ちなみに、『三つの棺』は、状態のよいものだと800ポンドから1000ポンドするそうだ。私なら絶対買わないな・・・(笑)

エドガー・アラン・ポー  モルグ街の殺人
イズレイル・ザングウィル  ビッグ・ボウの殺人
ガストン・ルルー  黄色い部屋の謎
ジャック・フットレル  思考機械
M・D・ポースト  ズームドルフ事件
イーデン・フィルポッツ  灰色の部屋
G・K・チェスタートン  ブラウン神父の不信
ホレイショ・ウィンズロウ&レスリー・カーク  Into Thin Air
アラン・トーマス  The Death of Laurence Vining
フィリップ・マクドナルド  ライノクス殺人事件
フリーマン・ウィルズ・クロフツ  二つの密室
ヴァージル・マーカム  The Devil Drives
ドロシー・L・セイヤーズ  死体をどうぞ
ジェームズ・ドナルド  Six Were to Die
T・H・ホワイト  Darkness at Pemberley
S・S・ヴァン・ダイン  ケンネル殺人事件
R・E・スウォータウト  The Boat Race Murder
エラリー・クイーン  チャイナ橙の謎
ジョン・ディクスン・カー  三つの棺
C・デイリー・キング  空のオベリスト
アンソニー・アボット  About the Murder of a Startled Lady
レオ・ブルース  三人の名探偵のための事件
ヘレン・ライリー  Dead Man Control
デニス・ホイートリー  マリンゼー島連続殺人事件
ジョン・ロード  見えない凶器
クレイトン・ロースン  帽子から飛び出した死
アガサ・クリスティ  ポアロのクリスマス
H・H・ホームズ  Nine Times Nine
ヘイク・タルボット  魔の淵
ルーパート・ペニー  Sealed-Room Murder
クリスチアナ・ブランド  自宅にて急逝
エドマンド・クリスピン  消えた玩具屋
R・T・キャンベル  Bodies in a Bookshop
ハーバート・ブリーン  ワイルダー一家の失踪
高木彬光  刺青殺人事件
ヘレン・マクロイ  暗い鏡の中に
フレドリック・ブラウン  死にいたる火星人の扉
ピーター・アントニイ  衣装戸棚の女
デレック・スミス  悪魔を呼び起こせ
ナイオ・マーシュ  道化の死
ランドル・ギャレット  魔術師が多すぎる
マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールー  密室
ピーター・ディキンスン  毒の神託
ビル・プロンジーニ  脅迫
ジョン・スラデック  黒い霊気
ダグラス・アダムズ  The Long Dark Tea-Time of the Soul
ポール・ハーディング  The Nightingale Gallery
エドワード・D・ホック  サム・ホーソーンの事件簿(1)
ギルバート・アデア  ロジャー・マーガトロイドのしわざ
ポール・アルテ  La Nuit du Loup


 長編、短編、短編集がごっちゃになっているのが気になるが、それはともかくも、こうして見ると、他のベスト表でもよく出てくるスタンダードな古典が選ばれている一方で、ウィンズロウ&カーク、ピーター・アントニイ、ルーパート・ペニーといった、明らかにロバート・エイディの影響と思われるチョイスが目につく。作品への評価は人によって千差万別なので一概には言えないが、これらの作品が「究極の」密室物と呼べるほどの傑作か、疑問に思うのはきっと私だけではあるまい。
 とはいうものの、ここに挙がっている作品は、フランス・ミステリに偏ったラクルブのチョイスよりまだ身近な印象があるし、高木彬光の『刺青殺人事件』を選んでくれているのも我が国の読者にとっては嬉しい限りだろう。ホイートリーの「捜査ファイル・ミステリー・シリーズ」も懐かしいなあ・・・(笑)

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

デレック・スミスのオムニバス本

 余計なことは言わずに簡単に情報提供だけさせていただく。ROM叢書から発売されたデレック・スミスの『パディントン・フェアへようこそ』(Come to Paddington Fair)は、同書の原書が日本でのみ限定出版された稀覯本とされていたため、発売前から予約注文が殺到し、あっという間に完売してしまったとのこと。
 しかし、英語の読める方ならばご安心あれ。アルジー・ローレンス物の長編『悪魔を呼び起こせ』(Whistle up the Devil)と『パディントン・フェアへようこそ』、さらに、密室の謎も登場するセクストン・ブレイク物の長編“Model for Murder”、ショートショートの‘The Imperfect Crime’を収録した“The Derek Smith Omnibus”というオムニバス本が、現在、ペーパーバックで刊行されているからだ。(私も同書を入手していたため、邦訳は敢えてオーダーしなかった。)
 このオムニバスには、ロバート・エイディによる序文が付され、最初の二つの長編の末尾には、付録として、スミスからダグラス・グリーン、トニー・メダワーに宛てた手紙の抜粋や、数人の研究者による短いエッセイ等も収録されている。
 関心のある方は、米アマゾンのサイトでも、The Derek Smith Omnibusと入れて検索すればすぐ見つけることができるので、トライされたし。

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

A&P・シェーファー “Withered Murder”

 “Withered Murder”(1955)は、アントニーとピーターのシェーファー兄弟による推理小説。『衣装戸棚の女』(1951)、『ベヴァリー・クラブ』(1952)に続くヴェリティ氏登場の三作目の長編である。タイトルは、『マクベス』第二幕第一場のマクベスのセリフ、「やせこけた人殺し」(小田島雄志訳)に由来する。各章の冒頭にも『マクベス』の引用が掲げられている。
 本作では、ファゾムという名の探偵役が登場するが、大柄でヴァンダイク髭という特徴はもちろん、相棒のランブラー警部が登場したり、途中、ファゾムのことを何度か「ヴェリティ」と表記している箇所が出てきて、彼がヴェリティであることはシリーズを知る読者にはすぐ分かるようになっている。ちなみに、‘fathom’は、見抜く、看破する、といった意味の言葉である。
 『ベヴァリー・クラブ』も、1957年に米版が出た際に、著者名がピーター・アントニイから本作と同様のA&P・シェーファーに変更されるとともに、探偵役の名がファゾムに変更され、統一が図られたようだ。

 ファゾムは、友人を訪ねて、コーンウォールの海岸沖の〝クラブ・ポイント〟という小島にあるホテル〝バーナクル〟に滞在していた。ホテルには、所有者のポスコル夫人のほか、引退した女優のシリア・ホイットリー、その秘書のヒラリー・スタントン、ヒラリーの前夫で芸術家のテレンス・ジャーメイン、ドイツ人のリヒター教授、牧師のデニス・ラドリーとその妻アリス、ジャーナリストのコリン・グレイ、弁護士のポッター氏、考古学者のブレア氏が滞在していた。
 ヒラリーは、ミス・ホイットリーに生活を牛耳られていたが、新しくできた恋人のコリンとインドに発とうとしていた。ところが、そこへヒラリーにまだ未練を残すテレンスがやってきて、ヒラリーやコリンと諍いを起こしていた。
 夜、ホテルの客たちが夕食のために居間に集まってきたとき、ポスコル夫人が食事の用意ができたことをその場にいないミス・ホイットリー、ポッター、ファゾムに知らせるために、ゴングを鳴らしてくれるようブレアに頼む。その間に、デニス・ラドリーが暖炉のそばの椅子を取りに行くと、なにかにつまづき、それがミス・ホイットリーの死体であると分かる。彼女の死体は顔の肉をはぎ取られ、目を潰されていた。
 ヒラリーは犯行推定時刻に居間のアルコーヴで手紙を書いていたが、死体からさほど離れていない位置にいたはずなのに、なにも目撃しなかったと主張する。それが事実なら、彼女以外に殺人を実行できた者はいないはずだった・・・。

 脚本家であったシェーファー兄弟らしく、作中にはヒッチコックの映画の原案となったパトリック・ハミルトンの戯曲「ロープ」が話題に出てきて、実はこれが謎解きで意味を持つようになっていたりする。もう一つ、思わずニヤリとさせられるのは、アントニー・シェーファーが脚本を担当した映画「ナイル殺人事件」に、本作のセリフが採り入れられていることだ。ポアロが謎解きをするシーンで、犯人が‘You must be mad’とポアロに向かって言うと、ポアロが‘No, I am not mad’と応じるシーン、さらには‘It’s not true!’と犯人が叫ぶシーンがあるのだが、これとまったく同じセリフのやりとりが本作の謎解き場面に出てくるのだ。おそらくシェーファーは自作の場面を思い浮かべながら「ナイル殺人事件」の脚本の謎解きシーンを書いたのだろう。(そう考えると、あの大柄なピーター・ユスチノフは、ポアロというよりヴェリティのイメージだったのかも。)
 容疑者一人一人をファゾムが訪ね、各人に動機や機会があったことをほのめかしながら尋問していく展開も「ナイル殺人事件」にそっくりだが、映画では効果的に感じられた、こうした展開も、小説となると、まるでナイオ・マーシュの初期作品のように退屈な尋問シーンの連続になってしまい、あまり効果を上げていないようだ。『ベヴァリー・クラブ』でも同様の退屈な尋問シーンの連続があったが、さほど進歩が感じられない。
 フーダニットの設定はやや荒唐無稽な印象があるが、クリスチアナ・ブランドやニコラス・ブレイクなどにも例があり、年代からすると彼らの模倣というわけではなさそうだが、さほど独創的とも言い難い。ロバート・エイディが“Locked Room Murders”で取り上げているトリックも、やはり鮮やかなものとは言い難く、全体として印象は乏しい。
 シェーファー兄弟のこのシリーズは、プロットとしては軽いタッチで楽しめる面もあるが、いずれも作り物めいていて常に興ざめ感がつきまとう。エイディが称賛する『衣装戸棚の女』は、人物描写も薄っぺらでストーリーも退屈なら、プロットも小粒で、習作の感が拭えない。『ベヴァリー・クラブ』も、思いつきのアイデアを基に「ゲーム感覚」の殺人のシナリオをこしらえて、登場人物達をチェスの駒のように、シナリオどおりに動くように配置しただけなのが見え見えで、所詮は机上のプロットにすぎないから、殺人やアリバイ作りのプロセスは組み立てることができても、動機があっさり宙に浮いてしまっているような代物だった(根幹となる着想も、実はアリンガム、クリスティに先例があるものを組み合わせて焼き直したものにすぎない。この作品のプロットを独創的だと思った人の大半は、おそらくアリンガムの当該作品を知らないのだ)。
 残念ながら、このシリーズは三作とも期待外れで、脚本家としては優れていたのだろうが、推理小説作家としてのシェーファー兄弟は、特に印象に残る作品を残してはくれなかったようだ。
 余談だが、一つ気になったのは、ドイツ人の教授の名、ハンス・リヒター。クラシック音楽ファンなら知っている人も多いはずだが、マーラーと同時代の著名な指揮者と同姓同名なのだ。偶然か意図したものかは分からない。

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

アントニー・ウィン “The Case of the Gold Coins”

 アントニー・ウィン(1882-1963)は、本名をロバート・マクネア・ウィルスンという、イギリスの医師出身の作家。医師としての業務の傍ら、ハーレー街の医師、ユースタス・ヘイリー博士の登場するミステリを執筆した。不可能犯罪を得意のテーマとし、特に後年は「姿の見えない殺人者」というテーマをしばしば追及した。ヘイリー博士のシリーズは27の長編と一つの短編集からなるが、単行本未収録の短編も多数残っている。短編集“Sinners Go Secretly”(1927)は「クイーンの定員」に選ばれており、収録作の中でも「キプロスの蜂」がよく知られ、アンソロジーにもしばしば収録されている。
 “The Case of the Gold Coins”(1933)は、ヘイリー博士の登場する長編の一つ。

 ヘイリー博士は、スコットランド・ヤードのエインジャー警部から、ノーサンバーランドで起きたウォーレス卿殺害事件の捜査の協力依頼を受ける。ウォーレス卿の邸は海岸のそばにあったが、卿は岸辺の砂浜で、パジャマを着たままの刺殺体となって発見される。体には多数の打撲傷があったほか、背中に大きなジャックナイフが刺さり、心臓を刺し貫かれていた。
 死体周辺の砂浜は前日の雨のせいできれいにならされていたが、被害者自身のものも含めて足跡が一切残っていなかった。満潮時にも海水が死体発見場所まで届くことはなく、死体の位置の砂が大きくへこんでいなかったことからも、飛行機などでその場所に死体を落としたとも考えられなかった。血痕は現場にしかなかったことから、ウォーレス卿が発見場所で即死したことは明らかであり、他の場所で殺されてそこに運ばれたとも考えられなかった。
 ウォーレス卿は兄のあとを継いで貴族となったが、兄は財産の大半をギャンブルに注ぎ込んで失ってしまい、ウォーレス卿に屋敷以外ほとんど財産を遺さなかった。ウォーレス卿はボルトン大佐と共同で製粉業を経営し、軌道に乗りはじめていたが、邸近くに設置された製粉所の拡張をめぐって大佐と対立していた。大佐の娘、パメラは、弁護士のジャイルズと婚約していたが、地方地主のピーター・イングラムと恋に陥り、婚約を破棄していた。ところが、イングラムのほうは、ウォーレス卿の姪のルースと婚約していた。凶器のジャックナイフはイングラムの所有物だった。
 エインジャーとともに現場を訪れたヘイリー博士は、邸の近くでソヴリン金貨が数枚落ちているのを見つける。それは、現在では取引されない珍しい金貨だった・・・。

 本作は、ビル・プロンジーニ、マーシャ・マラー編“1001 Midnights”にも取り上げられているウィンの代表作の一つ。ロバート・エイディの“Locked Room Murders and Other Impossible Crimes”でも作品が多数取り上げられているように、ウィンは不可能犯罪ものを得意とした作家だが、魅力的な謎の設定と裏腹に、解決は拍子抜けのものが少なくない。本作を解説しているプロンジーニは、多少の留保を付けつつも、プロットをカーに比肩するものと評価しているようだが、どうであろうか。確かに面白くはあるものの、やや荒唐無稽な印象はぬぐえない。
  これもしばしば指摘されることだが、ウィンの長編は、ジョン・ロードのような退屈さはないのだが、ストーリー展開がメロドラマ的で、本作でも、金貨をめぐる追跡劇は冒険小説的な楽しさがそれなりにあるものの、船の追跡と遭難、島での狙撃シーンなど、いかにも埋め草的な見せ場作りが目立つ。さらに、これもプロンジーニを含めよく指摘されることだが、ヘイリー博士が嗅ぎたばこをつまんだり、額をなでたりするシーンがしつこいほど繰り返し出てくるなど、人物描写も薄っぺらで単調だ。
 いわゆる「足跡のない殺人」をテーマにした作品としては、カー(ディクスン)の『白い僧院の殺人』、『テニスコートの殺人』、『貴婦人として死す』、『引き潮の魔女』、『月明かりの闇』などが有名だが、ウィンも得意としたテーマで、本作のほか、“The Toll-House Mystery”、“Emergency Exit”、“Death of a Shadow”などで用いている。
 どちらかといえばマニア向けのシリーズだが、不可能犯罪ものに興味のあるファンには、それでも魅力的なシリーズと言えるかもしれない。

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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