J・J・コニントン “In Whose Dim Shadow”

 “In Whose Dim Shadow”(米題:The Tau Cross Mystery)(1935)は警察本部長のクリントン・ドリフィールド卿と地主のウェンドーヴァー氏の登場する長編。

 ダンベリー巡査は、夜間パトロールの最中、爆発音を耳にする。ダンベリーは子どもがアパートの裏庭で花火かなにかをしていると考えるが、アパートの入り口から飛び出してきたゲディントンという老人に呼び止められる。三階に住む彼は、下の部屋から銃声が聞こえたと言う。アパートの中に入って部屋を調べていったダンベリーは、壁を塗装中の空き部屋で顔を撃たれた男の死体を発見する。
 そのことを知らされたゲディントンは、ダンベリーが止める前に、「殺人だ!」と騒ぎ立てて外へ飛び出していき、聞きつけた野次馬が集まってくる。その中には、記者のバービカンもいて、ダンベリーやゲディントンから情報を聞き出そうと付きまとってくる。
 ダンベリーは部屋のマントルピースの上に、まだ新しいウォーキング・シューズが載っているのを見つける。男の死体はテニス・シューズを履いていたが、サイズはほぼ同じだった。フランス窓と暖炉の間に並んでいる塗料缶の一つがひっくり返っていて、塗料が床にこぼれていた。ダンベリーはそこに、何者かがこぼれた塗料を踏みつけたため、足跡を拭い取った痕跡があるのに気づくが、死体が履いていた靴にもマントルピースの靴にも塗料を踏んだ痕跡は見出せなかった。ダンベリーはさらに、塗料缶の陰に、血でぐっしょりのハンカチが落ちているのを見つける。のちに検査の結果、死体から出血した血とハンカチの血はそれぞれ別人のものと判明する。
 通報を受けてやってきたチェシルトン警部と同行してきた警察医は、さらに、被害者がゴム手袋をしていることに気づく。死体を検査した警察医は、男は至近距離から撃たれ、ほぼ即死だったと告げる。
 その後、ウェンドーヴァー氏とともに現場にやってきたクリントン卿は、警部に指示して、鉛筆を使って塗料の入った缶の中を探らせると、その一つになにかがあるのを察知する。塗料の中から取り出すと、それはT字形の小さな金の十字架だった・・・。

 コニントンらしいプロットの複雑さが顕著な作品で、“Masters of the “Humdrum”Mystery”の著者、カーティス・エヴァンズ氏も高い評価を与えている。重婚による二重生活が明らかになっていく被害者のスターンホール氏、日本の歴史と文化に憧れ、近代化しきってしまう前に日本に行くことを夢見るミトフォード氏など、登場人物たちの描写もなかなか面白く、コニントンの作品としては、さほどだれることなく読ませる。フーダニットとしての意外性も悪くない。エヴァンズ氏も特筆しているように、ラストのクリントン卿のセリフはなかなかアイロニーが効いていて痛烈だ。
 ただ、敢えて厳しめな見方で難点を指摘するなら、(米版のタイトルにもなっている)思わせぶりに出てくる十字架をはじめ、殺人現場の様々な謎めいた手がかりが、肝心の事件の真相と必ずしも直結しておらず、拍子抜けさせられることだ。(“A Catalogue of Crime”のバーザンとテイラーも似たような指摘をしている。)穿った見方をすれば、プロットを複雑にするために、必然性のないツイストを加えて混乱させたようにも思え、そのツイストを除くと、核となるプロットは意外と単純であることにも気づく。
 本作をほぼ完成した頃、コニントンは眼疾を煩い、さらに翌年、心臓発作を起こし、再び完全な健康を取り戻すことはなかった。エヴァンズ氏も指摘しているように、健康の衰えは創作活動にも影を落とし、コニントンの全盛期が思いのほか短かったのはかえすがえすも残念だ。

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

J・J・コニントン “The Sweepstake Murders”

 “The Sweepstake Murders”(1931)は、警察本部長のクリントン・ドリフィールド卿と地主のウェンドーヴァー氏が登場する長編。『当たりくじ殺人事件』という抄訳が戦前に刊行されたらしいが、私自身は未見である。

 ウェンドーヴァー氏は、友人のハルステッド氏が邸で週に一度開くブリッジに招かれて参加していた。参加していたグループの一人、ブラックバーンが、宝くじ式賭け競馬のチケットの購入を呼び掛け、ブラックバーン自身とウェンドーヴァー氏を含め、その場にいた九人が〝ノヴェム・シンジケート〟という名で共同購入する。
 当たるはずもないと思っていたウェンドーヴァー氏は、「タイムズ」紙の朝刊を見て、その宝くじの番号が当選しているのに気づいて驚く。〝シンジケート〟のメンバーは、一人当たり2万5千ないし3万ポンドの賞金を手にすると分かった。ところが、その後、ブラックバーンが飛行機事故で死亡し、その相続人が弁護士を通じて賞金のシェアを要求してくる。残った八人は、その対応をめぐって意見が分かれるが、今後万が一のことが起こっても同様のトラブルが起きないように、賞金支払い時に生存している者で均等に賞金を分割するという取り決めに全員が署名する。
 ウェンドーヴァー氏をはじめ、シンジケートのメンバーには、寄付を求める手紙だけでなく、金を要求する脅迫状も届くが、ほとんどのメンバーはたちの悪いいたずらと考えて黙殺していた。ウェンドーヴァー氏は、ブリッジのあった夜、参加していたウィレンホール氏の求めに応じて、写真撮影にふさわしい景観の一つとして、〝ヘルズ・ゲイプ〟という断崖を紹介していた。ウェンドーヴァー氏はふと思い立って、クリントン卿とともに久しぶりにその場所を訪れることにする。二人は途中で、シンジケートの仲間のピーター・サースフォードとその婚約者のヴィオラ・ラングデイルがピクニックで来ているところに出くわす。サースフォードの話では、ウィレンホール氏も〝ヘルズ・ゲイプ〟に行ったという。ところが、〝ヘルズ・ゲイプ〟に来た二人は、崖から転落したウィレンホール氏の死体を発見する。
 事件を担当したセヴァーン警部は、ウィレンホール氏のポケットと現場に残されていたカメラに収まっていたフィルムを現像し、写真に写る影の長さから、最後の写真が午後1時45分頃に撮られたことを突き止めて死亡時刻を特定する。現場の状況とも合わせ、セヴァーンは事故死と判断する。
 ところが、その後、シンジケートの別のメンバーが自動車事故で死亡、さらに、ミス・ラングデイルのコテージで不可解な死を遂げる者も出て、賞金の受取人は一人また一人と減っていく・・・。

 クリントン卿は最後の謎解きこそ行うものの、出番は少なく、事件の捜査は、“The Boathouse Riddle”にも登場したセヴァーン警部が中心となって進めていく。写真の分析をはじめ、警部の緻密な捜査の進め方も見どころの一つだ。
 本作は、“A Catalogue of Crime”のバーザンとテイラー、さらに、“Twentieth Century Crime and Mystery Writers”でコニントンの項目を執筆し、“Murder in Print”でも取り上げているメルヴィン・バーンズが、コニントンのベストに挙げるなど、長らく代表作と見なされてきた作品だ。
 なにより、「退屈派」にカウントされるコニントンの作品としては、連続殺人という設定のおかげでストーリー展開が弛緩せず、中だるみに陥らずに読めるのが本作の一番の長所だろう。これは、ジョン・ロードの“Death on the Board”などでも当てはまることだ。
 ただ、用いられているプロットは、今日的視点からすれば、いかにも古色蒼然としていて、現代の読者を感心させるのは難しいだろう。それと、手が込んでいるにもかかわらず、仕掛けそのものはいずれも分かりやすすぎて、推理小説を読み慣れた読者には、犯人も仕掛けも早い段階でほぼ見当が付いてしまいそうだ。
 これまた、ロードと同じで、時代の推移に応じて作品への評価も変わってしまう典型例と言えるかもしれないが、今となってはもはやコニントンのベスト級作品とは言い難いだろう。時の試練に耐えて読むに値するのは、むしろ『九つの解決』や“The Castleford Conundrum”のような、ロジックの展開に優れた作品であるように思われる。

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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