レックス・スタウト “The Mother Hunt”

 “The Mother Hunt”(1963)は、ネロ・ウルフとアーチー・グッドウィンが登場する長編。

 西35丁目のウルフのオフィスを一人の女性が訪ねる。9か月前にプールの事故で溺死したベストセラー作家、リチャード・ヴァルドンの妻、ルーシーだった。彼女の話によると、何者かが家の玄関の前に赤ん坊が置いてあることを彼女に電話してきて、玄関に出ると、そこには毛布にくるまれた赤ん坊が置かれ、毛布にはメモがピンで留められていたという。そのメモには、赤ん坊がリチャードの息子であることがほのめかされていた。ルーシーは、その赤ん坊が本当に亡夫の子なのかを知りたく、母親を突き止めてくれるようウルフに依頼する。
 赤ん坊が着ていたオーバーオールを調べると、白い馬毛でできたボタンが付いていて、市場に流通していない特殊な手製のボタンと分かる。ウルフはボタンに心当たりのある者を探すべく広告を出し、そこから、マホパックに住む、エレン・テンザーという、赤ん坊を預かることもある引退したナースがこしらえたボタンであることを突き止める。アーチーが彼女の家を訪ね、ボタンのことを質問するが、彼女は答えようとせず、アーチーを追い払い、その後、姿を消してしまう。翌日、マンハッタンに停められた彼女の車の中で、コードで絞殺されたミス・テンザーの死体が発見される・・・。

 タイトルは「母親捜し」を意味するが、ウルフも乗り気になれなかった退屈な調査から、思いもかけず殺人事件に発展するところが読者を引き込むストーリー展開の面白さといえる。ウルフは、リチャードの知人の情報から、リチャードが接触していた女性たちのリストを作り、該当期間中に出産した可能性のある女性を絞り込んでいくが、ソール・パンザー、フレッド・ダーキン、オリー・キャザーといういつものメンバーのほかに、チラリ登場ながら、もう一人のシリーズ探偵、ドル・ボナーもその調査に加わっているのがご愛嬌だ。
 ウルフは赤ん坊の母親を突き止めるが、彼女も同じくコードで締殺された死体となって発見される。ウルフが彼女に接触していたことを知ったクレイマー警視がウルフを追及するためにオフィスを訪れると、ウルフとアーチーはバックドアから逃げるという展開も本作のユニークなポイントだ。安楽椅子探偵としてオフィスから動かないのがいつものウルフだが、シリーズの中には、“In the Best Families”や“The Black Mountain”のように、そんなウルフに例外的に活発な野外活動をさせてユニークさを打ち出した作品もある。本作ではそれほど顕著な動きを見せるわけではないが、“The Black Mountain”への言及も出てくるように、ウルフをオフィスから外に出すことで、マンネリ化しかねないストーリー展開にちょっとした起伏を与えようとしたようにも思われる。実際、思わぬところでウルフと遭遇したクレイマー警視の驚きぶりもなかなか面白く、オフィスと違う場所でウルフが謎解きをする場面もそれなりに新鮮さがある。
 プロット自体はさほどオリジナリティのあるものではなく、この頃の作品らしく、いささか取って付けた感がなくもないし、ウルフとアーチーをはじめ、関係者たちとの会話にも全盛期の作品ほどの冴えはないが、まずまず読ませる楽しい作品といえるだろう。

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

レックス・スタウト“Death of a Doxy”

 “Death of a Doxy”(1966)は、ネロ・ウルフとアーチー・グッドウィンが登場する長編。

 アーチー・グッドウィンは、イザベル・カーという元ショーガールのアパートを訪ねる。ところが、アーチーがそこで発見したのは、大理石製の灰皿で頭を殴られたイザベルの死体だった。アーチーは、自分が部屋に残した指紋を拭き取り、人に悟られないように立ち去る。
 アーチーがイザベルの部屋を訪ねたのは、仲間のオリー・キャザーに依頼されてのことだった。オリーは、スチュワーデスのジル・ハーディーと結婚する予定だったが、イザベルもオリーとの結婚を望んでいたという。彼女はオリーの結婚に異を唱え、お腹にオリーの子がいて、そのことを世間に公表するとか、オリーのポケットから抜き取った探偵許可証なども持っているとオリーを脅していた。
 オリーはアーチーに自分の持ち物を取り戻してほしいと依頼し、イザベルの部屋の鍵も貸したのだが、アーチーの追及を受けたオリーは、自分は彼女を殺していないと主張する。
 イザベルの死体は、アーチーのあとに部屋を訪れた姉のステラ・フレミングが発見し、部屋からオリーに言及のある日記を見つけた警察は、オリーを重要参考人として連行する。弁護士のナサニエル・パーカーからの連絡で、事件はウルフの耳に入り、彼はアーチーから事の経緯を知る。
 ウルフはアーチーや彼の仲間たちに意見を聴くが、オリーの無実を確信するソール・パンザーの意見を受け入れ、オリーの無実を証明すべく捜査に乗り出す・・・

 原題の‘Doxy’は今日ではほぼ死語かもしれないが、「情婦」や「愛人」を意味する言葉。イザベルが奢侈な生活を送っていたのは、〝フェデラル・ホールディング・コーポレーション〟の社長、アヴェリー・バルーが愛人の彼女の生活の面倒を見ていたためで、アーチーがフレミング夫妻の前で彼女のことをそう呼ぶことによる。アヴェリーのほか、イザベルの姉のステラ、その夫で数学教師のバリー・フレミングなど、容疑者には事欠かない。
 ウルフが脅迫状の差出人の名前からその正体を突き止める推論は、ウルフの教養の深さを印象付ける意味では面白いのだが、犯人は後半三分の一くらいでほぼ明らかになり、さしたる意外性もツイストもなく、謎解きとしては凡庸なところに物足りなさが残る。
 しかし、アーチーとナイトクラブの歌手のジュリーとのやりとりなど、アーチーの相変わらずのプレイボーイぶりもさることながら、登場人物同士の歯切れのいい会話やアーチーの一人称の叙述のテンポの良さも健在で、リーダビリティは、今日なお人気の高いこの作家ならではと思わせる。
 ちょっとしたエピソードとして面白いのは、ウルフがロンドン塔の二王子の謎に挑んでいるらしい場面が出てくることで、いったいどんな結論を出したのかと興味津々になる。劇場で上演中の「十人の小さなインディアン」への言及も出てくるが、これは明らかにアガサ・クリスティの劇作品だろう。今年論創社からご紹介する予定の作品だ。
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