ジョン・ロード “Death Pays a Dividend”

 “Death Pays a Dividend”(1939)は、プリーストリー博士の登場する長編。ジミー・ワグホーン警部が生涯の伴侶と出会う記念すべき作品でもある。

 12月の日曜の朝、シティで投資の仕事に携わるジェームズ・ハーリーフォード氏の家で、秘書のルパート・ベイルが死んでいるのが発見される。
 ハーリーフォード氏は、金曜からオランダに出張して不在であり、家には使用人しかいなかった。発見者は女中のアイヴィで、玄関ホールの階段の下にベイルが額を割られ、血まみれになって倒れているのを見つけたのだった。日曜の朝だというのに、秘書は正装した姿で死んでいて、来客の予定でもあったかのようだった。
 通報を受けたワグホーン警部は、秘書の死体が発見された階段が、玄関ホールから二階に続く石造りの階段であり、インクで付いた男物のスニーカーの上って行く足跡があるのに気づく。階段を上ったところにはワイヤーが張られていて、秘書はこのワイヤーに足を取られて階段を真っ逆さまに転落し、石段に頭をぶつけて絶命したものと思われた。階段は、前日の朝にアイヴィが掃除していたことから、ワイヤーはそのあとに張られたものと考えられた。
 ヒューズ・ボックスを調べると、配線が壊されていて、階段の照明がつかなくなっていたことから、秘書は暗がりの中でワイヤーに気づかなかったと思われた。秘書の死亡時間は7時頃だったが、ほかの使用人たちはみな最上階の部屋で寝ていて、下で事故が起きたとしても気づかなかったという。
 前日の夜9時半に、チャールズ・フェドンという来客が訪れていて、秘書のベイルが対応していたが、ワグホーン警部が来た時には、表のドアにはかんぬきがかかっていなかったことから、来客が帰ったあとに、ベイルがかんぬきをかけなかったものと思われた。ところが、タスウェルは、ベイルはこの上なく良心的で誠実な秘書だったし、そんないい加減なことをするはずがないと言う。
 ハーリーフォード氏の事務室を調べると、部屋は荒らされ、金庫の扉も開け放たれていた。金庫には、強い女性物の化粧品の匂いが残っていて、使用人の控室の暖炉からは、金庫で嗅いだのと同じ匂いの浸みた、Mというイニシャルの入った刺繍入りハンカチが見つかる。しかし、使用人の女たちもそんな匂いの化粧品は使わないし、誰もそんな匂いは知らないという。
 誰かが事務室の暖炉に火をくべて書類を燃やした形跡があり、灰の中からは、五ポンド紙幣の断片が見つかり、紙幣番号も判読できた。紙幣からはベイルの指紋が検出される。金庫の下からは、インクの空の瓶も見つかり、残っていた足跡は、このインクのせいで付いたものと思われた。
 さらに、事務室にはカメラが残されていて、帰宅したハーリーフォード氏は、残っていたフィルムから現像したネガを見て、金庫に入っていた書類を撮影したものだと証言する。ハーリーフォード氏によれば、その書類の内容が正式に発表される前に明るみに出ると、重大な結果をもたらしかねなかったと言う。
 ジミーはそこから、侵入者の目的はその書類の写真を撮って情報を盗むことであり、用心のために、階段にワイヤーを張っておいたが、気づいた秘書がワイヤーに引っ掛かって転落したのに気づき、逃げたものと思われた。
 前日来訪したフェドンは、チャリティの寄付を求める手紙をハーリーフォード氏に送ってきた人物だった。氏は、フェドンを家に呼んでベイルに話を聞かせることにし、ベイルに五ポンドを渡して、筋のいい話なら、そのお金を渡すように指示していたという。暖炉で見つかった紙幣の断片がそのお金と思われた。
 金庫の前に置かれていたペルシア絨毯が消えていたが、ジミーは、フェドンがその絨毯を質入れしたことを突き止める・・・。

 ハンカチの謎、絨毯に残っていた血痕とインクの染みの謎、非の打ちどころのない、良心的な秘書の死をめぐる動機の謎など、小技的な謎をいろいろ提示して全体のプロットを盛り上げているのだが、推理小説を読み慣れた読者には、やはり解決は見え見えではないかと思われる。手がかりも自明すぎて、「ゲームの慣習」によらずとも、けっこう簡単に謎解きを組み立ててしまえるようなところがあり、ロードにしばしばありがちな、プロットほぼ丸見えの作品だ。
 全体の構成も、事件発生から、関係者への尋問と例会での議論を経て、プリーストリー博士の推理で解決という定型パターンが既に確立していて、ストーリー展開は緩慢だが、まだ脂の乗っていた時期の作品だけあって、それなりに練り上げたことがうかがえ、印象はそんなに悪くない。
 ジミーは、ハーリーフォード家の料理人、ダイアナ・モーペスに入れ込んでしまい、ラストで自分のために料理を作ってくれとプロポーズする。次作“Death on the Boat Train”(1940)は、二人が新婚旅行から帰ってきた直後の事件であり、クラパム・コモンを見渡せる小さなアパートで新婚生活を送っている。ダイアナは“The Fourth Bomb”(1942)にも登場し、夫と仲睦まじいところを見せている。

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

ジョン・ロード “Death on the Board”

 “Death on the Board”(1937)は、プリーストリー博士が登場する長編。

 アンドリュー・ウィギンホール卿が、自宅のプリヴェット荘で爆死する。アンドリュー卿は、家庭用品から農機具に至るまであらゆる種類の金物類を扱うポースリン株式会社の会長だった。
 ポースリン社は、元はアンドリューの父親の代に始めた小さな金物屋だったが、その子供たちの代に英国の各地に支店を構える大会社に発展させたものであり、ウィギンホール家が経営する会社といってよかった。
 ポースリン社には、五人の重役がいた。実質的な発言権は、アンドリューのほか、アンドリューの弟、パーシヴァル・ウィギンホールと、義弟のジェイムズ・フロットマン大佐が握っていた。フロットマン大佐は、アンドリューの妹、キャロラインの夫であり、妻の利益を代表する立場で重役に加わっていた。残りの二人は、主要バイヤーのサミュエル・グリムショウと、支店長の一人、バーナード・タンステッドだったが、二人は名誉職的な立場であり、実質的な発言権はほとんどなかった。
 アンドリュー卿は、冬の休暇で地中海へのクルーズに出かけ、息子のアントニーに港に出迎えてもらって自宅に帰ってきたところだった。爆発は脱衣室か浴室で起きたガス爆発と思われ、事故死として処理された。
 アンドリュー卿には、息子のアントニーと娘のドロシー・パストンがいた。アンドリューの逝去を受けて、フロットマン大佐が重役会で後任の会長に選ばれ、アントニーが欠員となった重役の一人に補充される。
 その翌月、五十歳の誕生日を迎えたタンステッドは、レストランで誕生パーティーを祝うが、そのあと、エスコリアルという、いつも泊まるホテルに行く。そこで夜勤のポーターから、シリングストーンという老紳士が訪れたことを聞き、不審に思う。タンステッドは、かつてネトルステッドという土地で支店長を務めていたが、その土地には、同じ金物商のシリングストーンという商売敵がいた。タンステッドは、上司の指示に従ってシリングストーンを蹴落とすことに成功するが、シリングストーンは妻と幼い子を残して自殺するという悲劇的な事件があったのだった。
 タンステッドには、寝たばこの習慣があり、しばしばシーツを焦がしていたが、そのたびに気前よく弁償して、その習慣を改めようとしなかった。タンステッドは、その晩、ベッドの中で、寝たばこが原因で焼死する。毛布はほとんど燃えていないのに、シーツとパジャマが焼失して、全身やけどを負うという不審な死に方だったが、検死審問では事故死との評決が下る。タンステッドの後任には、ピットコームの支店で優れた業績を上げたヒュー・クリフォードという支店長が三十二歳の若さで重役に抜擢される。
 その九か月後、今度は、パーシヴァルが、自分のオフィスで昇汞を服用して死んでいるのが発見される。いつも服用していた胃腸薬は手つかずだったことから、仕事の悩みからの自殺と考えられた。ところが、秘書の話から、その直前に、シリングストーンという人物がパーシヴァル宛てに電話をかけてきたことが分かる・・・。

 脂の乗った時期に書かれた作品らしく、五人の重役が次々と不審な死を遂げていくというストーリー展開は、それなりに読ませるものがあり、定型パターンに陥りがちな中期以降の作品にしばしば感じられる退屈さは希薄なため、印象はそんなに悪くない。設定や展開は、同じく連続殺人を扱った初期の代表作『プレード街の殺人』と似ているが、一つ一つの殺人に、いかにもロードらしいハウダニットの手法を惜しげもなく取り入れているところがなかなか贅沢だ。
 ただ、いったん、重役がターゲットだと分かると、次の展開が予測できてしまうし、ストーリーテリングの拙さもあってか、謎の殺人者がいま一つ不気味さに欠け、サスペンスが薄味になっているところが弱い。犯人と動機についても、ありきたりな設定に終わっているし、手がかりが自明過ぎて、すぐ犯人の見当がついてしまうなど、謎解きとしても見どころに乏しいのが残念なところだ。
 コテコテの謎解きファンには物足りない作品かもしれないが、初期作品らしい起伏のあるストーリー展開を楽しめるという点では、ロードの長編の中でも、読んで損のない作品と言えるかもしれない。

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

ジョン・ロード “Shot at Dawn”

 “Shot at Dawn”(1934)は、プリーストリー博士の登場する長編。

 ハンスリット警視は、地方の川で起きた事件の捜査で、州警察本部長のペニストン大佐から支援要請を受けて出張してくる。
 事件は、リディング川に停泊していたモーター・クルーザー「アロンドラ号」で起きた。船は河口近くに錨を下ろして停泊していたが、朝、手漕ぎボートで川釣りに出てきたフェアロンという男が、船のそばを通りかかると、男がキャビンの上に横たわっていて、そこから血が滴り落ちているのに気づく。男は頭を撃たれて死んでおり、仲間がキャビンの中で寝ていたが、熟睡していて、フェアロンがキャビンの天窓を激しく叩いて起こすまで目を覚まさなかった。
 目覚めた男の話によると、彼の名はモアビーといい、死んでいた仲間はクロスランドという。二人は同じヨット・クラブの仲間で、4、5年前に知り合ったが、モアビーはクロスランドの私生活についてはよく知らなかった。「アロンドラ号」は、クロスランドの提案で共同購入した船であり、モアビーは航海術に通じていたため舵とりを担当し、クロスランドは工学面が得意でエンジンを担当していたという。
 クロスランドは町にいる知り合いと会う約束があったため、海からリディング川を遡って町まで行く予定だった。川の上流には、リディングハイズという、かつて港として利用されていた上陸地があったが、今ははしけが時おり往来するだけの川だった。クロスランドはその川に来たことはなかったというが、モアビーは1、2度来たことがあった。
 リディング川は、上げ潮時には8、9フィート程度の深さになり、川幅が広がって浅い湖のようになるが、引き潮時には1、2フィート程度の深さになり、船が進めなくなる。その日のうちにリディングハイズに着くためには、潮が高く、明るいうちに行く必要があったが、クロスランドがエンジンの調整が必要と主張し、これに時間を要したため、川に入った時には夕方の5時半になってしまう。そこで、二人は、翌朝、潮が上がる時間に出発することにして、その夜は川に停泊することにしたのだった。
 船の中で食事をとったあと、二人はクロスランドが出してきたウィスキーを飲んだが、モアビーは不覚にも飲み過ぎてしまい、出発の予定時間までに目を覚ますことができなかったという。
 クロスランドの死体の検死を行った医師は、銃創からして、弾は長距離から撃たれたものと判断する。クロスランドの頭を貫通した弾が帆柱をかすめたらしい跡と、潮の流れから船が向いていた方向から考えて、弾が飛んできた方角を推定すると、その方向の川岸には、チャールズ・ブランズベリー卿が所有するライフル射撃場があった。
 その日の朝も、射撃場で射撃練習をしていた者がいたため、逸れて飛んできた弾に被弾した事故とも考えられたが、射撃場の的のうしろには弾が外に逸れて飛んでいかないように盛り土が設けられていた・・・。

 プリーストリー博士は中間近くまで登場しないが、中期以降の作品に見られる定型パターンには陥らず、ストーリーにも起伏があって読み応えがある。博士自身も、現場まで出かけ、自ら「アロンドラ号」に乗り込んで調査するなど、いかにも初期作品らしい活動的なところを見せている。
 博士はハロルドとともに「アロンドラ号」に乗り込み、コルクを使って潮の満ち干に伴う川の増水と流れの速度の変化を調べるが、その結果を示すグラフが途中に挿入されている。停泊場所や射撃場等の位置、推定される弾道等を示した見取り図も冒頭に挿入され、これらのビジュアルな手がかりも示しながら、(漫然と読み流せば難解な印象を与えるかもしれないが)実に緻密な推理が展開される。
 そこから導き出される結論も先入観を覆すものだが、フーダニットとしても、ロードとしては成功した部類に入ると言える。(ただ、ロードには犯人の描写に一定の癖があり、彼の作品を読み慣れた読者には、そこから「ゲームの慣習」で犯人を当ててしまいやすいかもしれない)。クロスランドが年代物の文書の売買を隠れ蓑に麻薬密売に携わっていたという疑惑も、鮮やかなミスディレクションとして活用されていて、犯人や動機の謎とうまくリンクされている。プリーストリー博士は、事件の謎解きを終えると、「問題が納得のいくように解決した以上、この事件への関心はなくなったよ。クロスランドの殺害犯が裁かれようとどうしようと、私には興味がない」とあっさり言い放ち、ハロルドとロンドンに帰ってしまう。これはいつもの博士の持論だが、フーダニットとシニカルな結末とも相まって、いつも以上に余韻を残している。巧妙な仕掛けを随所に散りばめ、全体としてもよくまとまった佳作と評価できるだろう。

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

ジョン・ロード “Proceed with Caution”

 “Proceed with Caution”(1937)は、プリーストリー博士の登場する長編。

 8月のある早朝、ファロウチャーチという村のパブ「グリーン・ベア」の主人、ウェジウッド氏が目を覚まして窓から外を見ると、店の前に霊柩車が停まっているのに気づく。縁起でもない車が停まっていることに、迷信深い氏は不快感を覚え、運転手が車の中で寝ているに違いないと思い、起こしに外に出るが、運転席には誰もおらず、棺桶が中に積んであるのに気づく。
 通報を受けた巡査は、運転手はガス欠でやむなく停めただけで、いずれガソリン缶を持って戻ってくるはずだと氏をなだめるが、日中になっても誰も現れず、タンクを調べると、ガソリンは十分入っているし、運転にも支障がないことが分かる。
 そこへ、道路にタールを塗る作業を行っていた工事監督のガーニーがやってきて、道路に置いてあったタールのボイラーの中に死体が入っていると巡査に告げる。ボイラーは、作業員たちが来る前に既に火がくべられ、タールが煮立っていたため、異変に気づいたガーニーがボイラーの中を棒でかき回すと、死体があるのに気づいたという。ボイラーを横倒ししてタールを流し、死体を取り出すが、熱したタールのせいで死体はほとんど身元識別不能な状態になっていた。
 事件はスコットランド・ヤードに通報されるが、ハーウェルのダイヤモンド事件で手がふさがっていたハンスリット警視は、事件を部下のワグホーン警部に任せる。
 ワグホーン警部が謎の霊柩車の棺桶を開けて中を確かめると、そこには砂利が詰まっていて、その砂利は死体が発見された道路の砂利と同じものだと分かる。霊柩車の購入者を調べると、アルフレッド・パントニーと、その義兄のジョン・アンブローズと名乗る二人組だったことが分かる。パントニーは「グリーン・ベア」の常連客で、口唇裂と潰れた左耳という顕著な特徴があったため、霊柩車を購入したのは間違いなく彼本人と確認されだが、その日以来、行方不明となっていた。
 パントニーは富くじで当てた大金を蓄えていたことから、最近、パントニーと親しくなったカートメルという謎の男が、その金を奪う目的でパントニーに接近し、殺害して霊柩車で現場まで運び、ボイラーに遺棄したものとワグホーン警部は推測する。ところが、その後、パントニーが元気な姿でパブに現れて村の人々を驚かせ、事件の謎は混迷を深めていく。
 一方、行方不明のダイヤの事件に携わるハンスリット警視もまた捜査に行き詰まっていた。
 事件は、スタニスラス・ハーレル卿が、130年前に祖先がロシアから持ち帰ったダイヤを鑑定に出したことに端を発していた。スタニスラス卿は、そのダイヤの装身具が旧式で大型だったことから、当世風に再加工したいと考え、学童時代の友人だったパットンがパットン・アンド・フェアフィールドという宝石商のシニア・パートナーであることを思い出し、ダイヤの鑑定と再加工を依頼していた。
 パットンは、ダイヤにスタニスラス卿が想定していたほどの価値がないことを知り、鑑定結果と処分の仕方について所見を伝えるため、預かったダイヤを持参して邸を訪れるという手紙をスタニスラス卿に送る。手紙を受け取ったスタニスラス卿は、パットンを迎えにスワインズヘッド駅まで車を向かわせる。ところが、運転手がいくら待っても、パットンは予定の時間に駅から現れず、ダイヤとともに行方不明となってしまう。
 切符の発行記録と宝石商の事務員や駅の赤帽の証言から、パットンは間違いなくキングス・クロス駅から列車に乗っていたことが確認されたため、途中のグランサム駅で降りたものと推測された。事件が起きた時、共同経営者のフェアフィールドは海外出張中だったが、帰国したフェアフィールドの協力を得てハンスリットがパットンの部屋を調べると、パットンのパスポートがなくなっていることが分かる。その後、フランスに向けて出航する船の波止場で、破損したパットンのパスポートが発見される・・・。

 ハンスリット警視とワグホーン警部はそれぞれ違う事件を担当し、各人の捜査が個別に描かれるのだが、二人がプリーストリー博士に意見を求めると、やがて二つの事件は関連していることが明らかになり、複雑なプロットが浮かび上がってくる仕掛けとなっている。
 油の乗った時期の作品らしく、プロットをよく練ったことが感じられるし、二つの事件の進展を並行的に描いていることもあって、中期以降の作品のように展開に中だるみがなく、退屈さを感じさせないところは好印象だ。
 しかし、二つの事件の結びつきを明らかにする推論の過程はいかにも弱く、プリーストリー博士の推論は、論理的な必然性よりも、やや恣意的で直感的な印象を与えてしまう。犯人も隠し方が見え見えで、推理小説を読み慣れた読者なら、「ゲームの慣習」によってほぼ確実に当ててしまうに違いない。
 “A Catalogue of Crime”のバーザンとテイラーも「期待外れ(disappointing)」と手厳しい評を下しているが、プロット自体は悪くないだけに、伏線の設定や推理の部分をさらに彫琢していればよい作品になったのではないかと惜しまれるところだ。

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

ジョン・ロード “Death at the Helm”

 “Death at the Helm”(1941)は、プリーストリー博士が登場する長編。

 カドマスという小さな港の沖を航行していた一隻のモータークルーザーが、急に進路を狂わせ、港湾の砂浜に突進して座礁する。目撃した漁師の親子が船内に入って乗員を探すと、操舵室内に男と女が倒れて死んでいた。
 クルーザーは「ロニセラ号」という船で、借主は建築技師のジョージ・ファーニンガムと判明する。捜査を担当するジミー・ワグホーン警部は、ジョージの弟で、チェルシーで画家をしているテッドを訪ね、死体が兄であることを確認させるが、もう一人の死体はオルガ・クァーレンデンという女性であることも分かる。オルガの夫はヒュー・クァーレンデンという、ジミーもよく知っている著名な法廷弁護士だった。
 二人の死体に外傷はなく、検死解剖の結果、死因は植物性アルカロイドによるものと判明するが、テッドは二人が心中したものと考え、さほど驚きを示さなかった。テッドによれば、ジョージは長年、女性との交際に無縁だったが、オルガの兄で、職場の同僚のジャック・ベノヴァーに紹介された彼女に惹かれてしまい、オルガも夫ヒューと折り合いがよくなかったことから、二人はたちまち道ならぬ恋に陥ってしまったという。
 妻の不倫を察知したヒュー・クァーレンデンは、離婚は認めないと彼女に通告し、オルガは追い詰められていた。ジョージの父親のクラレンス・ファーニンガム卿は、マンチェスターに住む文具卸売会社の社長だったが、自分勝手に芸術の道を進んだ弟のテッドより、堅気なジョージのほうを大事にしていた。ところが、厳格な倫理観の持ち主だったクラレンス卿は、ジョージの不倫を決して許さなかっただろうし、兄を相続から排除しただろうという。
 ジミーは単純な心中事件とみていたが、事件に関心を持ったプリーストリー博士は疑問を呈し、船内に残っていた、オルガが摘み取ってきたらしい植物のサンプルを持ってくるよう依頼する・・・。

 ロードにしては珍しく人物描写に焦点を当てたプロットを特徴とする長編だ。自由でドライな気質を持つ画家のテッド、法曹らしい慎重さと冷静さを示すクァーレンデン、愛する妹の死に動揺を隠せないジャックなど、一人ひとりの個性を描き分けようとした跡が随所ににじみ出ている。特に、二人の死に対する道義的な責任を追及しようとするクラレンス卿にクァーレンデンがクールに応対するシーンなどは、人物描写が不得手(というか無関心)とされるロードにしては、珍しい見せ場ともいえる。“A Catalogue of Crime”のバーザンとテイラーも、クァーレンデンとジャックの人物描写を「よくできている」と褒めている。
 大団円も、こうした人物の描き分けにふさわしく、『ハーレー街の死』を連想させるような、一筋縄ではいかないオチの付け方になっている。ただ、そこはやはりロードで、深みのある性格描写とまではいかないし、かえって中途半端なプロットのような印象を与えて損をしている。
 ジミー・ワグホーンが捜査の前面に出てくるこの頃になると、プリーストリー博士はめっきり登場場面が減り、本作でも、ウェストボーン・テラスから一歩も出ていないし、登場するのも中間近くになってからだ。解決の付け方も、プロットの性格にもよるのだろうが、博士は示唆や助言を与えはするが、自分の推理で謎解きをするわけでもない。中途半端に人物中心にプロットを構成するより、ロードらしく鮮やかな謎解きを期待したかったところだ。
 米初版ダスト・ジャケットはなかなか魅力的であり、アップしておく。

Death at the Helm

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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