ローレンス・G・ブロックマン “Diagnosis: Homicide”

 ローレンス・G・ブロックマンの“Diagnosis: Homicide”(1950)は、架空の町ノースバンクにあるパスツール病院の首席病理学者ダニエル・ウェブスター・コーヒー博士を主人公とする短編集。「クイーンの定員」にも選ばれている。
 タイトルが示しているように、一見するとありきたりな病死や事故死で、警察も特に問題視しそうにないはずの事件が、コーヒー博士とインド人の助手ムーカージ博士の分析にかかると「他殺」という判断が下されるという展開にプロットの特徴がある。
 著者の「はしがき」にもあるとおり、ブロックマンはもともと新聞記者であり、東京、上海、カルカッタ、パリなどの都市で警察担当の記者として取材した経験が本作品のベースとなっている。ブロックマンは、単純な殺人事件の捜査が、専門知識や能力の欠如により、近代的な犯罪学の方法の適用を怠ったために失敗した例を数多く見てきた経験に触れ、(あくまで1950年当時の状況を反映したものだが)医学的知識や経験のない、選挙で選ばれた検死官が死因を判断する時代遅れの検死官制度への批判も作品に込めているようである。
 「はしがき」に続いて、ニューヨーク市の首席検死官トマス・A・ゴンザレスが序文を寄せており、著者の法医学上の知識の正確さを称賛し、特に、‘But the Patient Died’、「ディナーにラム酒を」、‘Brood of Evil’、‘Diagnosis Deferred’で用いられた手法を挙げて、真実味がある上に、過去に確認された事例もないと述べている。
 収録作品は以下の8篇。気づいた限りでは3篇に既訳があるが、同首席検死官が挙げている例からも分かるとおり、佳作はむしろ未訳作品のほうに多いと思った。

 But the Patient Died
 Rum for Dinner       ディナーにラム酒を(『ディナーで殺人を 下』創元文庫所収)
 The Phantom Cry-Baby
 Catfish Story        なまず物語(『エドガー賞全集 上』早川文庫所収)
 The Half-Naked Truth
 Deadly Back-Fire     やぶへび(『北村薫の本格ミステリ・ライブラリー』角川文庫所収)
 Brood of Evil
 Diagnosis Deferred


 簡単な盲腸の手術をしたはずなのに患者が失血死してしまう‘But the Patient Died’、いないはずの赤ん坊の泣き声に女性が悩まされる‘The Phantom Cry-Baby’をはじめ、作品によってはやや専門知識に偏るものの、謎の設定とその解決がシンプルに決まっているため、作者の該博さに感心するだけでなく、プロット構成の巧みさを十分に楽しむことができる。第一短編のタイトルは‘The operation was a success, but the patient died.’(手術は成功したが患者は死んだ)という言い回しに由来するが、その言葉のとおり、手の込んだトリックや謎解きを取り入れる割には読み終えて釈然としないミステリもあることを思えば、きれいに着地点の決まるプロットは、それはそれで読み応えがあるといえる。
 なお、最後の短編‘Diagnosis Deferred’は、松本清張のある有名作品のプロットを先取りしていることも言及しておきたい。よもや清張氏がこの作品を読んでいたとは考えにくいが、日米の作家が同時代の社会的偏見をプロットの要として取り上げていることは注目に値するかもしれない。
 ブロックマンはしばしばオースティン・フリーマンの後継者のように言われるが、法医学の知識を駆使している点では共通するものの、フリーマンのような緻密な論理性に基づく謎解きのプロセスを特質としているわけではない。むしろ際立つのは新奇な毒物の使用や巧妙な殺害方法であり、その点ではむしろジョン・ロードに似ていると言える。
 “1001 Midnights”でビル・プロンジーニも言及しているように、第二短編集“Clues for Dr. Coffee”(1964)も第一短編集に劣らず粒ぞろいの作品集だ。EQMMに掲載されたままの未収録作品もあるようだし、発掘が期待されるところ。


Diagnosis

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

クリフォード・アシュダウン “The Adventures of Romney Pringle”全挿絵(その1)

 以前紹介したように、“The Adventures of Romney Pringle”(1902)は、オースティン・フリーマンがジェイムズ・ピトケアンとの共著でクリフォード・アシュダウン名義により出版した短編集。その挿絵を描いているのはフレッド・ぺグラムで、彼はソーンダイク博士シリーズで挿絵を描いたH・M・ブロックのいとこであり、その妹はブロックと結婚したため、義兄にも当たる。
 『クイーンの定員』にも選ばれている同書の初版本(ウォード・ロック社)には、(フリーマンとピトケアンの私蔵本を除き)雑誌掲載時にあった挿絵のうち四葉しか再録されていないとのことなので、ここにオリジナルのカッセル誌版から、標題用イラストも含め、全十九葉をアップしておきたい。

The Assyrian Rejuvenator(カッセル誌1902年6月号)

Assyrian Rejuvenator-1

Assyrian Rejuvenator-2

Assyrian Rejuvenator-3

Assyrian Rejuvenator-4


The Foreign Office Despatch(カッセル誌1902年7月号)

Foreign Office Despatch-1

Foreign Office Despatch-2

Foreign Office Despatch-3

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

クリフォード・アシュダウン “The Adventures of Romney Pringle”全挿絵(その2)

The Chicago Heiress(カッセル誌1902年8月号)

Chicago Heiress-1

Chicago Heiress-2

Chicago Heiress-3


The Lizard's Scale(カッセル誌1902年9月号)

Lizard's Scale-1

Lizard's Scale-2

Lizard's Scale-3

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

クリフォード・アシュダウン “The Adventures of Romney Pringle”全挿絵(その3)

The Paste Diamonds(カッセル誌1902年10月号)

Paste Diamonds-1

Paste Diamonds-2

Paste Diamonds-3


The Kailyard Novel(カッセル誌1902年11月号)

Kailyard Novel-1

Kailyard Novel-2

Kailyard Novel-3

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

V・L・ホワイトチャーチ『ソープ・ヘイズルの事件簿』

 この短編集は、随分前にルートレッジ社から復刻された版で読んでいたのだが、最近、邦訳が出たと知り、借りて久しぶりに再読した。私が読んだ復刻版の表紙は、邦訳の解説にも写真が掲載されているが、原書は初版に載っていた巻頭巻末の広告などもそのまま載せていて、当時を偲ぶよすがとしても興味深い。ブライアン・モーガンによる序文も貴重なものだ。
 収録されている作品の中でも、「サー・ギルバート・マレルの絵」は大変有名な作品で、私も子どもの頃に読んでわくわくした思い出の作品である。1979年に講談社文庫から小池滋氏の編による『鉄道推理傑作選』というアンソロジーが出ていて、そこにソープ・ヘイズルの登場する作品がさらに二編(「ロンドン中北鉄道の惨劇」と「盗まれたネックレース」)収録されていて読むことができた。子どもの頃だったせいもあるだろうが、菜食主義者で変な体操をするこの探偵が妙に魅力的で、ほかにも作品があるのなら読んでみたいという思いに駆られたものだった。その後、「ドイツ公文書箱事件」の邦訳も別のアンソロジーに収録されて出たが、全貌が紹介されたのはようやく昨年のことだったわけだ。
 不可能興味の横溢する作品が多く、そこがこの短編集の魅力と長所でもあるのだが、年長じてから読むと、どこまで実行可能なのかという厳しめの見方をしてしまいそうになるのも事実だろう。また、邦訳の解説を書いておられる戸川安宣氏も述べているように、人物の描き込みが乏しく、子どもの頃にはあれほど興味深いと思った探偵も、今にして思うと、奇癖を付加されただけの平板なキャラクターと分かる。あまり指摘されることはないが、「盗まれたネックレース」で、「ぼくの鉄道ミステリーの最後の捜査(the last of my little investigations of railway mysteries)」と自ら「最後の事件」を宣言してしまうのも実は驚きで、『トレント最後の事件』、『カーテン』、『ドルリー・レーン最後の事件』のように、プロットとしての必然性や作者側の特別な思惑があるような例はともかく、こんなふうに探偵自身にあっさり退場宣言をさせた例は珍しい。いかにキャラクターに思い入れがなかったかという証左でもあるだろう。
 ただ、私自身は鉄道ファンではないが、当時のイギリスの鉄道事情の描写を興味深いと思うのは鉄道ファンだけではないだろう。戸川氏は訳者の小池滋氏に解説を書いてもらうのが一番だったと述べておられるが、小池氏は上記『鉄道推理傑作選』が刊行された直後に、「EQ」1979年9月号に「ミステリーと鉄道」というエッセイを寄稿し、イギリスの鉄道の歴史とミステリーの関わりやソープ・ヘイズルについても紹介しておられる。このエッセイでは「側廊(コリドー)」と「客車室(コンパートメント)」の成り立ちについても触れられていて、収録作品を理解する上でもなかなか有益であり、再録されなかったのが惜しいほどだ。

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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