『十人の小さなインディアナン――アガサ・クリスティ戯曲集(仮題)』刊行予定

 このたび、論創社の論創海外ミステリの一冊として、『そして誰もいなくなった』の戯曲版『十人の小さなインディアン』(1946)と、これまで邦訳のなかった戯曲版の『死との約束』(1956)、『ゼロ時間へ』(1957)をご紹介することになりました。
 ミステリの女王アガサ・クリスティは、ロングランの世界記録を今なお更新し続ける『ねずみとり』、映画化により不朽の古典となった『検察側の証人』をはじめ、戯曲作家としても多くの傑作を残しました。
 この分野での彼女の業績は、現在でも熱心な研究の対象となっており、Chimneys(『チムニーズ荘の秘密』の戯曲版)、ジュリアス・グリーンの“Curtain Up Agatha Christie: A Life in the Theatre”(2015)が存在を明らかにしたThe Last Séance(「死の猟犬」の戯曲版)、Someone at the Window(「死んだ道化役者」の戯曲版)など、未刊行の作品にも注目が集まっています。
 クリスティの戯曲には、『蜘蛛の巣』、『評決』、『招かれざる客』などのオリジナル作品のほかに、もともとは長編小説として発表した作品を戯曲化した作品が幾つかあります。
 クリスティは、長編を戯曲化するにあたって、大なり小なり、戯曲版ならではのツイストを加えていますが、特に、最も脂の乗った時期に書かれた『十人の小さなインディアン』と『死との約束』は、元の小説版からプロットを大きく変更しています。とりわけ、『死との約束』は、舞台や登場人物の設定は小説版と概ね共通しているものの、内容的にはむしろまったく別の作品と言うべきものでしょう。同じ設定や背景を用いながらも、新たなバリエーションに挑む女史の実験精神と創作意欲が感じられます。
 これらの作品は、単なる長編の脚色ではなく、それぞれが独立した作品としての意義を持つものなのですが、リファレンスブックなどでも、小説版の焼き直しのように見なされ、しばしば無視されてきたのはいかにも不当な扱いと言わなくてはなりません。
 戯曲版『そして誰もいなくなった』は過去にも邦訳がありますが、『十人の小さなインディアン』は、これまでの邦訳が底本としてきた旧版(1944)ではなく、クリスティ自身による1946年の改訂版を底本とし、『死との約束』、『ゼロ時間へ』は、テクストとして最も信頼のおける英サミュエル・フレンチ社の初版を底本に訳出することとしました。また、これまでの邦訳の類書では省かれがちだった舞台写真、小道具リストや照明の手配等も収録する予定です。
 また、この機会に、ボーナス・ピースとして、単行本未収録のポワロものの短編「ポワロとレガッタの謎」(1936)を収録することとしました。
 多くの読者の皆様に楽しんでいただけることを願っております。


               米改訂版
               『十人の小さなインディアン』米サミュエル・フレンチ社改訂版初版


               「死との」約束初版
               『死との約束』英サミュエル・フレンチ社初版

アントニー・ウィン“The Case of the Green Knife”

 “The Case of the Green Knife”(1932)は、ユースタス・ヘイリー医師が登場する長編。

 メアリ・チョールフォントという若い女性が、ヘイリー医師を訪れる。メアリは、ダイス・チョールフォント卿の姪で、ボブ・ホワイトリーズ卿という貧しい貴族と婚約していた。ダイス卿は、金の流通を操る投資家で、7百万ポンドの資産を有する富豪だった。
 ダイス卿は、メアリの学生時代の友人で、20歳年下のパトリシア(パディ)と結婚していた。ホワイトリーズ卿は、ダイス卿の金の取引の影響で大損を被りそうになっていたため、メアリは、パディに頼んで、ダイス卿の邸、ビーチ・コートに、自分とボブを週末に招待してもらい、そこに、かつてダイス卿が脳炎を患った時に卿の命を救ったヘイリーも招待してもらうことにして、ダイス卿に取引の動きを停めるよう、ヘイリーに説得を依頼したのだった。邸を訪れたヘイリーは、ダイス卿に説得を試みるが拒まれる。
 邸には、メアリ、ボブ、パディのほか、ダイス卿の顧問弁護士のロビン・ディーンと不動産管理人のハリー・デッカーも招かれていた。夕食後、ヘイリーはデッカー、ディーンとともに邸の外の湖に向かって散策しながら話をしていたが、その時、邸のほうから叫び声が聞こえる。三人は執事のフラスク、ボブとともにダイス卿の部屋に向かう。そこへパディも加わり、部屋の中のダイス卿に呼びかけるが、中からは家具を動かしてドアの前にバリケードを張る音が聞こえる。
 彼らがドアの錠を壊し、バリケードを押し返して中に入ると、ダイス卿がベッドの足下に、パジャマ姿のまま、右手に緑色のナイフを握って倒れていた。ダイス卿は、背中から心臓を刺し貫かれていた・・・。

 ウィンの十八番とも言うべき不可能犯罪を扱った作品で、計4件の殺人が発生し、ヘイリー自身も、被害者と同じ状況で密室に閉じ込められ、危機一髪の状況に陥る。そう言うと、いかにも息をもつかせぬサスペンスフルな展開のように聞こえるのだが、実際は、ウィンの拙いストーリーテリングと平板な人物描写もあって、ちっとも盛り上がらない。
 肝心の密室殺人のトリックも、さんざん思わせぶりに不可能興味をかき立てておきながら、最後に種明かしされてみると、落胆ものとしか言いようがない。厳しすぎる言い方かもしれないが、これだけ多くの不可能犯罪ものの作品を著しながら、あまり評価されないのも分かる気がする。

ジョン・ロード『代診医の死』が予約開始

 ジョン・ロードの『代診医の死』(論創社)がアマゾンで予約開始しています。

    Amazon 

 「資産家の最期を看取った代診医の不可解な死。プリーストリーの鋭い推理が暴き出す真相とは……。筋金入りの本格ミステリファン必読。あなたは作者が仕掛ける巧妙なプロットを読み解けるか?」(論創社HPより)

 解説は、まさに筋金入りのジョン・ロード・ファン、林克郎氏に執筆していただきました。
 多くの読者の皆様に楽しんでいただけることを願っております。


                代診医の死

ジェイムズ・ヤッフェ逝く

 『ママは何でも知っている』、『ママのクリスマス』、『不可能犯罪課の事件簿』などで知られるジェイムズ・ヤッフェが、今月4日、米コロラド州デンバーの自宅にて90歳で亡くなったとの由。
 「エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン」に最初のポール・ドーンものの短編が採用されてデビューしたのは15歳の時だったという。邦訳のある『ママは何でも知っている』(早川ミステリ文庫)には、「ブロンクスのママ」シリーズが8編収録されているが、昨年12月にクリッペン&ランドリュから刊行された“My Mother, The Detective:The Complete "Mom" Short Stories Enlarged Edition”には、それまで単行本未収録だった短編‘Mom Lights a Candle’が新たに収録されている。
 クラシカルな謎解き作品を得意とした作家がまた一人世を去ってしまった。ご冥福をお祈り申し上げる。

チャンドラーによる本格作品評

※『そして誰もいなくなった』のプロットを明かしていますので、未読の方はご注意ください。


 ミステリの女王アガサ・クリスティは、『複数の時計』の中で、ポアロの口に仮託して「暴力のための暴力」と評しているように、ハードボイルド小説がいたくお嫌いだったようだ。その一方で、『オシリスの眼』のあとがきでも触れたが、ハードボイルド小説の雄レイモンド・チャンドラーは、エッセイ‘Simple Art of Murder’(「単純な殺人芸術」、「むだのない殺しの美学」など、邦題はいろいろ)で、クリスティを含む巨匠たちの作品のプロットをさんざんにけなしている。彼は本格謎解き小説がよほどお気に召さなかったらしく、テイの『フランチャイズ事件』への好意的な評や、オースティン・フリーマンに対する手放しの賞賛ぶりは例外中の例外と言っていい。
 私のような節操のない読書家は、本格もハードボイルドも無頓着に楽しめてしまうたちなのだが、どうせなら作家サイドももっと仲良くしてもらって、互いに建設的な対話でもしてくれたらよかったのにと、まことに残念に思う次第である(笑)。
 チャンドラーの本格作品評というと、上記‘Simple Art of Murder’が最もよく知られているが、書簡集を参照すれば、ほかにもいろんな作品評が出てくる。その一端をここでご紹介してみよう。
 なかでも、アガサ・クリスティの作品はおめがねに適わなかったようだ。まるで象と鯨のように、この二人は互いに接することも理解し合うこともない巨匠同士だったのかと思えてくるほど。‘Simple Art of Murder’では、『オリエント急行の殺人』のプロットを「アホにしか分かりっこない」と評したチャンドラーだが、ジョージ・ハーモン・コックス宛ての書簡(1940年6月27日付け)では、『そして誰もいなくなった』を俎上に載せている。チャンドラーは、『そして誰もいなくなった』をその刊行後間なしに読んでいたのだが、彼にこれを読むよう勧めたのはコックスだったようだ。
 曰く。前半、特に出だしは面白かったが、後半は冴えを失ってしまった。帯文句に「完璧な犯罪小説」と謳われていたものだから、誠実さのある犯罪小説かと期待したが、読者を公平に扱い、動機や殺害方法も理に適っているかといえば、この本は「たわごと」。
 基本的な着想がそもそも気に入らない。サド気がある上に正義感に駆られた判事が、ただの伝聞証拠に基づいて人を次々と殺していく。罪を認める者もいるが、みな殺人が計画され、有罪が宣告されてしまったあとのこと。「相も変わらぬ読者に対する恥知らずで完全なペテン」。殺害方法も全くの僥倖に依存しているし、ものによっては不可能。
 でも、この本を読めてよかった。ずっと心にかかっていた疑問がついに解けたから。古典的なタイプのミステリで本当に誠実なものを書けるかというと、無理。意外な殺人犯を設定しようとすれば、人間性を捏造しないといけないけど、自分にはとてもできない。だって、自分には人間性のセンスがあるんだもの。「頼むから、誠実さのあるミステリの話なんかやめてくれ。そんなものは存在しないよ」
 ・・・いやはや、取り付く島もないとはこのことで、けちょんけちょんである。ギネスブックに載っている作家の最大のベストセラー作品に対して!
 ドロシー・L・セイヤーズについては、ジェイムズ・サンドー宛ての書簡(1951年9月25日付け)で、『学寮祭の夜』を再読したことを伝えている。
 「いやはや、なんたるおべっかの垂れ流し」。オックスフォードのカレッジの女学寮長たちが、ピーター・ウィムジイ卿のことを知りたいとか、ハリエット・ヴェインの新作ミステリのプロットを知りたいと大騒ぎ。「馬鹿にもほどがあるんじゃないの。これでも、決して馬鹿じゃない女が書いたものなのよ」。
 ジェイムズ・M・フォックス宛ての書簡(1954年2月16日付け)では、『死体をどうぞ』に言及しているが、「警察医は、アホでもなきゃ、死人が血友病だと気づくだろうに」と一蹴している。
 ニコラス・ブレイクの『野獣死すべし』も読んでいるが(1950年12月7日付けジェイムズ・サンドー宛て書簡)、どうやら、ナイジェル・ストレンジウェイズの妻、ジョージアがひどくお気に召さなかったようだ。曰く。世界で最も偉大な三人の女探検家の一人なんて、実に馬鹿馬鹿しい。ロデリック・アレンの芸術家の妻(アガサ・トロイ)もそうだけど。・・・フリーマンの「ヴィクトリア朝風の恋愛シーン」には好感を抱いたチャンドラーも、ステイタスや気位の高そうな女性はお嫌いだったようだ。
 さらに曰く。警察を出し抜くアマチュア私立探偵という設定も、ただもう馬鹿馬鹿しいかぎり。プロットの点で言えば、日記の語り手に、轢き逃げ犯が誰か早々と気づかせてしまうなんて、ブレイクはとんだミスをやったもの。そんなのは、長くてつらい、さんざん骨を折る仕事のはずだし、本の三分の二か、半分くらい過ぎてからでなきゃ。・・・という具合で、これまた辛辣きわまりない評価を下している。
 ミステリ作家の中には、アントニイ・バークリーやジョン・ディクスン・カーのように、書評でも健筆を揮った人もいるが、もしもチャンドラーが書評を担当していたら・・・(笑)。

ロジャー・シェリンガムとモーズビー主任警部の事件簿

 “The Avenging Chance and Other Mysteries From Roger Sheringham’s Casebook”の増補新版(2015)に、新たに発掘されたシェリンガムもののショートショート‘The Bargee’s Holiday’が収録されたが、同作品は、これまで確認されたものとしては、シェリンガムの登場する最後の作品に当たるようだ。1943年2月18日付けのNorth Devon Journal and Heraldという英国の新聞に掲載されたもので、CADS 64によれば、トニー・メダウォーが2012年6月に発見した作品である。
 二人の兵士の不用意な会話から、同じ客車に居合わせたシェリンガムが、英国がナチス支配下のオランダに進攻しようとしている事実を見抜くというストーリーなのだが、第二次大戦を時代背景にしている点からも、確かにシェリンガム最後の事件と見ていい。シェリンガムがどうやって軍の秘密を洞察したのかという、ちょっとした謎解き仕立てになっていて、シェリンガムの従姉妹アガサの夫で、チャールズという名の准将が登場するのも興味深い。
 現在判明しているシェリンガム&モーズビー主任警部ものの短編&脚本を改めてリストアップすれば、以下のとおり(カッコ内は初出年)。

短編
The Avenging Chance(1929)  「偶然の審判」(『世界短編傑作集3』創元社:但し、邦訳は短縮版)
Perfect Alibi(1930)        「完璧なアリバイ」(ミステリマガジン93年4月号)
The Mystery of Horne’s Copse(1931)
Unsound Mind(1933)       「不健全な死体」(ミステリマガジン06年3月号:モーズビー主任警部のみ登場)
White Butterfly(1936)       「白い蝶」(EQ83年5月号)
The Wrong Jar(1940)       「瓶ちがい」(『名探偵登場3』早川書房)
‘Mr. Bearstow Says…’(1943)  「ブルームズベリで会った女」(ミステリマガジン82年1月号)
The Bargee’s Holiday(1943)
Direct Evidence(1994)
Double Bluff(1994)
Razor-Edge(1994)         「のるかそるか」(EQ94年1月号)

脚本
Temporary Insanity(1994)
Red Anemones(1994)


 できればまとまった形で翻訳紹介されてほしいところではあるが、“The Roger Sheringham Stories”(1994)は大変な稀覯本だし、もしかして自分でやるほかないのだろうか・・・。

スチュアート・パーマー“The Monkey Murder and Other Hildegarde Withers Stories”

 “The Monkey Murder and Other Hildegarde Withers Stories”(1950)は、“The Riddles of Hildegarde Withers”(1947)に続いて、エラリー・クイーンが編纂した、スチュアート・パーマーのヒルデガード・ウィザーズ(ヒルディ)ものの第二短編集。8編収録。編者クイーンが序文を寄せ、各編には、作者パーマー自身による、ペンギンをキャラクターに用いたイラストが描き添えられている。
 これも、第一短編集と同様、オリジナル・ペーパーバックとして35セントで発売され、その後版を重ねることなく、今日では稀覯本と化している。
 クイーンは序文で、処女作『ペンギンは知っていた』の創作の背景や、ヒルディのモデルが、パーマーのバラブー・ハイスクール時代の英語教師、ミス・ファーン・ハケットであることなどを明らかにしている。
 邦訳のある「猿神殺人事件」、「一寸の虫にも」をはじめ、第一短編集と同様、粒ぞろいの短編集だ。ウィザーズものの短編は、ヒルディとパイパー警視との掛け合いの面白さもさることながら、プロットも黄金時代の謎解き作品の香気漂う佳品が多く、“Hildegarde Withers: Uncollected Riddles”(2002:クリッペン&ランドリュ社)を含め、まとまった形での紹介が望まれるところだ。

収録作(カッコ内は初出年)
The Monkey Murder(1947) 猿神殺人事件(ミステリマガジン1980年1月号)
The Purple Postcards(1939)
Miss Withers and the Unicorn(1941)
The Riddle of the Double Negative(1947)
The Long Worm(1947) 一寸の虫にも(ミステリマガジン1974年10月号)
The Hungry Hippo(1943)
Tomorrow’s Murder(1940)
Fingerprints Don’t Lie(1947) 指紋は偽らず(エラリイ・クイーンズ・ミステリマガジン1961年7月号)


               Monkey Murder

ジョン・ロード“The Vanishing Diary”

 “The Vanishing Diary”(1961)は、ロードの遺作。プリーストリー博士最後の事件でもある。

 飛行機会社のテスト・パイロット、フレディー・ハプトンは、1月の午後、テスト飛行中の飛行機がトラブルを起こし、パラシュートで脱出、飛行機はそのまま海に墜落する。雪の積もる丘に降り立ったフレディーは、羊飼い用の小屋を見つけ、中にストーブもあったおかけで、そこで一夜を過ごす。
 翌朝、丘を降りて、イリングセットという村にたどり着き、ブレイトンという警官から、その小屋がクラレンス・グレイストークという大地主の所有物だと教えてもらう。フレディーはグレイストーク氏の邸を訪れ、経緯を説明し、運転手に駅のある町まで送ってもらうことにする。
 グレイストーク氏は、前年のクリスマスのハウスパーティーの際に、食堂の窓が壊され、マントルピースに載っていた、ナポレオン三世の皇后、ウジェニーの銀製の胸像が盗まれる事件が起きたことを説明する。氏は別れ際に、三月初旬に再び邸を訪れるよう勧め、フレディーも快く招待を受ける。
 2月に招待状を受け取ったフレディーは、再びイリングセットの邸を訪れる。フレディーはそこで、クラレンスの息子のジョン、姉のメアリ・キンブル夫人、その娘のジョイス、氏の妹のスーザンに紹介される。邸には、氏の遠縁にあたるデヴィッド・グレイストーク、その妻のエリナー、娘のパトリシア、ドリス、息子のジョージも来ていた。
 クラレンスとデヴィッドの曾祖母、ルイーズは、二つの鍵で開けることのできる箱に自分の日記を入れ、二つの鍵をそれぞれ自分の二人の息子に渡し、子々孫々に伝えて、60年後に箱を開けるよう遺言していた。鍵は現在、クラレンスとデヴィッドかそれぞれ所有していた。フレディーが招待されたのも、箱を開ける記念すべき場に立ち会うためだった。22歳のパトリシアは歴史小説作家として成功を収め、新作に取りかかっていて、ジョンも一、二年前に詩集を出版していた。パトリシアは新作の題材としてその日記を使いたいと思っていたし、ジョンはその日記を自分が校訂して出版することを計画していて、二人とも祖先の記した日記に強い関心を持っていた。
 ところが、箱は、保管されていた戸棚から姿を消していた。緑色の金属の箱という特徴を聞いたフレディーは、自分が一夜を過ごした羊飼いの小屋の床に、そっくりの箱があったことを思い出し、そのことをクラレンスに告げる。彼らは小屋に急行するが、既に箱はそこからも姿を消していた。
 フレディーは、エリナーからウォーターブリッジの邸で休日を過ごすよう招待されるが、パトリシアが執筆に没頭して部屋に引きこもりがちであり、家族とも接することが少ないと知る。フレディーの滞在中に、パトリシアが部屋に鍵をかけたまま、母親のエリナーが呼びかけても返事が返ってこないと訴えてくる。フレディーが部屋のドアを破って入ると、パトリシアはテーブルの上のタイプライターに顔をうつぶせにして死んでいた・・・。

 72作の長編に登場するプリーストリー博士は、本作をもって読者に別れを告げる。その三年後の1964年、作者のジョン・ロードも世を去る。
 遺作にしては、プロットはそれなりにツイストを利かせているし、複雑さも兼ね備えていて、決して箸にも棒にもかからぬ駄作ではない。さりとて、全盛期に見られたほどのオリジナリティがあるわけでもなく、凡作気味と言わざるを得ないだろう。
 ただ、テスト・パイロットのフレディーの存在がユニークで、グレイストーク家のエピソードに彼が狂言回しのように関わることでストーリー展開に一定の起伏を持たせている。そのおかげで、後期の作品にしばしば見られる、どうにもならない退屈さを回避するのにある程度成功しているとも言えるだろう(もっとも、“A Catalogue of Crime”のバーザンとテイラーは「きわめて退屈」と酷評しているが)。
 「私の助言がお役に立ったのなら嬉しいよ」云々というのが、プリーストリー博士の最後の言葉となってしまったのだが、その言葉に象徴されるように、本作でも、プリーストリー博士の役割は、土曜の例会でジミー・ワグホーン警視に助言を与える立場にほぼ限定されていて、ある程度までは博士が謎解きを導くものの、最終的に謎解きをして犯人を突き止めるのはワグホーン警視だ。後期の作品の多くがそうであるように、快刀乱麻を断つような、名探偵の大見得切った謎解きの場面を期待する向きには肩透かしだろう。
 ちなみに、5月に刊行予定の『代診医の死』(論創社)は、ロード後期の作品の中でも、プリーストリー博士による鮮やかな謎解きが光る傑作の一つだ。多くの読者の皆さんにお楽しみいただければと願っている。



               Vanishing Diary

「ミステリーズ!」に『オシリスの眼』の書評が載りました

 R・オースティン・フリーマン『オシリスの眼』(ちくま文庫)の大川正人氏による書評が「ミステリーズ!」(東京創元社)Vol.81の「ブックレビュー」に載りました。
 「ソーンダイク博士が謎を解くところの抜群の演出と、そこから繰り広げられる解決篇のすばらしさ。とことん演繹的な推理から犯人特定に至り、そこにあまり動機の問題が関与しないところなど、クイーンの国名シリーズのような作品の先駆として評価されるべきものでしょう。これは読むべき古典としておすすめの一冊です」と評価していただきました。
 またもや編集者の藤原さんから教えていただいてようやく知った次第です。お恥ずかしい・・・。

「週刊文春」に『オシリスの眼』の推薦文を載せていただきました

 今頃気がついてお恥ずかしい限りだが、「週刊文春」12月29日号の「文春図書館」に、R・オースティン・フリーマン『オシリスの眼』(ちくま文庫)の「新刊推薦文」を載せていただいた。遅ればせながら、感謝申し上げたい。

               週刊文春


 業界一の発行部数を誇る週刊誌に推薦文を載せていただいたというのに、知人に教えてもらうまで気づかなかったとは、誠に申し訳ない限りで、我ながらアンテナの低さを恥じるばかりである。
プロフィール

S・フチガミ

Author:S・フチガミ
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